フェルディナント・ポルシェが足として使っていた?忘れられたポルシェ

Photography: Mark Kucera, Rob Box and The Porsche Archives



Typ64は、枢軸国であるドイツ・イタリアが国威発揚のプロパガンダとして企画した、ベルリンからオーストリアを経由してローマへまでの1500Km超を走る長距離レースに参戦するために製作された。

BMWやランチアをはじめ、両国の様々な自動車メーカーがこのレースのためにマシンを用意した。

ポルシェ博士はかつて国民車(VW)をベースにしたスポーツカーを設計、生産を試みたものの、政府当局から許可が下りずに断念していた経緯があった。ポルシェはベルリン・ローマ長距離レースの開催を知ると、これを好機と捉えて政府の説得に掛かった。ドイツ帝国労働者組合から開発資金を得られるよう、ポルシェはこのTyp64をフォルクスワーゲンTyp60(試作車)の10番目のボディを意味するTyp60K10と改名した。フォルクスワーゲンTyp60はこの頃、「KdF-Wagen(歓喜力行団の車)」と呼ばれるようになっていた。
 
だが、このレースは行われなかった。Typ64
の1号車が完成した1カ月後、レースが始まる2週間前にドイツ軍はポーランドに侵攻し、フランスとイギリスが宣戦布告したからである。完成したTyp64はドイツ労働戦線の指導者の専用車となった。

1939年9月19日、30歳になったフェリーは取締役会で残りの2台のTyp60を完成させ、実証車として使用することを提案。2台目は1939年12月に、3台目が1940年6月に完成した。この2台はポルシェ家のほか、ポルシェ博士の娘と結婚したオーストリア人の弁護士、アントン・ピエヒなど、フォルクスワーゲンの経営陣が使用した。こうして2台のポルシェTyp64から得た走行データは356の設計に活かされることになる。

最初のTyp64は1941年頃、労働組合の首脳が乗っている時に事故を起こして廃車になり、そのシャシーは3台目に使用されたと考えられている。2台目は若きフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェとフェルディナント・ピエヒ(終戦時に10歳と8歳)がツェル・アム・ゼーのグライダー滑空場周辺を乗り回していた。終戦間近、アメリカ兵がこの車を奪うと、狭苦しいとルーフを切り落とし、エンジンが壊れるまで乗り回したあげく、廃車となった。

戦後、3号車だけが生き残っていたが、ボディワークにはかなりの傷みがあり、1947年になってポルシェはそのレストアをピニン・ファリーナに依頼した。余談ながら、1969年頃、ピニンはホイールベースを延長した4 シーター911プロトタイプのボディをポルシェに供給している。

ポルシェは1948年7月11日、インスブルックのレースで356.001ロードスターの走りを披露し、彼のTyp64がそれを追うというデモンストレーションを行った。本番レースのウィナーは地元オーストリアのヒーロー、オットー・マテだった。彼は二輪の事故で右腕が不自由であったが、左手だけでバリラを操っていた。

マテはTyp64に魅せられて翌年に購入すると、
それから亡くなるまでの46年間に渡って手元に置いた。彼は左腕でシフトチェンジができるよう右ハンドルに改造し、1.3リッターの60HPエンジンに搭載した。1950年のアルペンラリーで優勝を果たすと、続いてイタリアの山岳レースのコッパ・ドーロ・ デレ・ドロミテでクラス優勝、さらにオーストリアで合計8つのタイトルを獲得した。マテは1952年にはアルミボディの356に乗って22レースで勝利を挙げ、1953年にはポルシェ製エンジンを搭載したスペシャルで挑んだ。レースから退いたTyp64は再度レストアされ、彼のプライベートコレクションの中でも最も大切な1台となった。

Typ64は現代のポルシェ社にとって重要なモデルのはずだが、ポルシェはこの車に対して距離を置いているかのようにみえる。公式には、ポルシェのオリジナルである356が型式認証された1948年にポルシェは自動車メーカーとして設立された。

この356を型式認証したのとまったく同じオーストリア当局(当時はイギリス占領下にあった)が1946年4月にTyp64の登録を行った。実際のところボディは1940年6月、シャシーは1939年8月に制作されている。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:渡辺 千香子(CK Transcreations Ltd.) Translation: Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.)  Words: Hans-Karl Lange 

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