富士モータースポーツミュージアム開業から1年を経て ~「聖地」をデザインするという情熱~

Kazumi OGATA


会場でのコンクールデレガンスの審査&表彰を経て、富士スピードウェイホテルのレストラン『トロフェオ』でのランチ終了後、参加者は布垣"館長"が案内する、ミュージアム見学ツアーへのためFMMへと移動した。

聞けば館長が自ら案内、解説するのは稀有なことらしいが、実際に聞いてみるとまるで何十年ものベテランガイドのように流暢な解説が続くことに驚かされた。展示車に詳しいのは当たり前かもしれないが、時に試乗経験も交えて話される内容は、さすがは動態保存が前提となるトヨタ博物館の館長を兼務されるだけのことはあると納得した。そしてその姿から、車好きという安易な言葉では収まらない布垣氏の情熱が見えてきた。

この日は布垣氏自ら参加者に案内、解説。実はこうしたケースは稀有なことで、参加者にとっては貴重な体験。とある参加者も「改めて知ることが多い」と聞き入っていた。

ミュージアムで展示中のアルファロメオ6C1750グランスポーツについて解説する布垣氏。自ら乗り込んでドライビングポジションの解説をしつつ、「意外とトルクがあって乗りやすい」と自身の試乗経験を交えて話されていた。

世代を超えた責任


FMMを開設するにあたり、モリゾウ(豊田章男トヨタ自動車会長)氏からのひと言が布垣氏は忘れられないそうだ。「君たちは、珍しい車を集めればいいと思っていないよね?」

この仕事はそんな生易しいことではないという示唆であろう。 布垣氏の中で自問自答が続く。

「自動車産業やモータースポーツがどう生き延びていくのか。単に続けていければいいのではなく、サスティナブルに変えていく努力が必要です。いま100年に一度と言われる自動車の大変革期において、果たして富士モータースポーツフォレストがどこまでその変革に貢献できるのか。モータースポーツの“聖地”と呼ばれるくらいの求心力を持てるのか。人々を触発するくらいの施設にならないといけない、そんな危機意識があります」

布垣氏はモータースポーツに特化したミュージアムの難しさも、もちろん感じている。

「量産車のミュージアムと違うのは、ここはモータースポーツの大きな舞台の上で活躍した花形の集まりであるということです。モータースポーツではドライバーもスター、もう一方の主役ですが、ここにはその展示がありません。当初は展示車だけでは成立しないと心配しましたが、来場された往年のドライバーの方々からは『このような施設ができてよかった』といわれます。『この展示ならばやってきたことが残る』と感謝され、それは嬉しかった反面、大きな責任も感じました」

そして、今はまだすべてが発展途上だという。「これは物語の一端を紹介しているにすぎません。ご紹介できていなこともありますし、いろいろな方が来られて、実はあの時……と我々が預かり知らぬことも教えていただくこともあります。そのたびにもっと深く正確に伝えていかなければと強く思うのです」

布垣氏を突き動かす、この情熱の原点、モチベーションはどこにあるのだろうか。「2014年にデザイン部長だった時に、トヨタ博物館の責任者のオファーを受けました。その時はちょうど55歳で、年齢的にも…というくらいの気持ちでした。デザイナー時代も過去の歴史などを勉強する機会はあり、やはり過去のものと似たものを作りたくないので、世界中のミュージアムも訪れていて、そんな当たり前だと思っていたことが、今役に立っていますが、不勉強だったことも思い知りました。つまみ食いの集大成だったんです」

そこから必死の勉強が始まった。人に説明することの責任感。そこで気がついたこと。

「ヘリテージが、現在のメーカーの支えになっていることです。知らぬうちに貢献していると。タイムスケールを20、30年から100年単位に置き換えて、失われていくものに対し、どう残していくか。世代を超えた責任があると思っています」

そして――。

「ライフワークだな、と思っています。車文化を残して、発展させていくための土台を作らなければいけない。火が消えないように、仕組みにしていかなければならないのです。それはミュージアムだけではできず、そのための大きな仕掛けが富士モータースポーツフォレストです。レースだけではない楽しみ方に、もう少し貪欲さを持っていいと思います。引き継げるところまでは持ってきました。今後、これらが波及力を持った時点で、"聖地"と呼ばれるようになるのだと思います。それができそうだな、と思ったら引退します(笑)」

デザイナーとして数多くの実績を残したあと、そこに待ち受けていたのは、“聖地の設計”という、まさに人生をかけた“登山”だった。

「車文化を残す装置としてようやく博物館ができたのですが、聖地の一部として機能させるにはまだまだ仕掛けが必要で、FFCもそのひとつだと思います。富士モータースポーツフォレストのグランドデザインは、やはりモリゾウさんを抜きには語れませんし、私はその中で、車文化の伝承がサスティナブルに続く仕組みのお手伝いができれば……との思いでやっております」


文:平井大介 写真:尾形和美
Words:Daisuke HIRAI Photography:Kazumi OGATA

平井大介

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