見る人も乗る人も幸せにするファニーな車、フィアット600ムルティプラ

Tomonari SAKURAI

家を買ったので次は車が必要だ。というわけで、しばらくぶりの自家用車を探し始めた。そして探し始めたのがフィアット600ムルティプラ。インターネットで情報を集め個人売買のサイトにたどり着き、イタリアまで出かけて出会った一台。それをフランスに送り、レストアして今の状態にした。前回メッサーシュミットで登場していただいたアニメーターの吉田クリストフさんの話だ。

ムルティプラにはいくつかのモデルがある。よく見かけるのが座席が3列になる6人乗り。小さいボディでも6人乗れるというものだ。もう一つはクリストフさんが手に入れた5人乗りのモデル。これは座席が一般的な2列で、後ろがラゲッジスペースとなる。クリストフさんがこれを選んだ理由はシートを折りたためば二人乗りの大きなラゲッジスペースをもつ車になったり、シートを完全に倒すとフルフラットになるから。

フラットと呼ぶにはでこぼこしている。ところが寝っ転がるとこの段差が全く気にならずに寝返りも打てる。快適そのものだ。

車中泊するならこのモデル!

無理矢理6人乗りにする必要がないので、多少スペースに余裕ができ、リアシートのクッションの厚みも6人乗りのものよりも分厚くすることができた。フラットにすることも大事だが、普段後ろの席に乗るときにとても快適に座れることがポイント。僕がリアシートに乗ったとき、そのシートの厚さと快適さから、先日のパリ横断で乗せて頂いたDSのそれと変わらないとまで思ったのだ。

ドアを開け放つと新緑のような内装カラーが。背景の芝生に溶け混む。ちなみにオリジナルは赤だったという。

フィアット500の後継機として、フィアット600が同社初のリアエンジンリアドライブの車として誕生。その派生からムルティプラが登場した。6人乗りや5人乗りのフルフラットなどマルチなスタイルで乗れるモデルだ。当時はタクシーにも採用され、専用モデルも登場した。

リアエンジンにすることで車内をフラットにできるデザイン。車内を極力広く作るために、外からアクセスできるラゲッジスペースは皆無だ。助手席の足下にはスペアタイヤがあり、広々とした車内とは言いがたい。僕もクリストフさんも同じような身長で180cmほど。そうなるとフロントウィンドウはやや低いため前屈みにならないと視界が確保できないので余計に窮屈な印象だ。

助手席は結構きつい。スペアータイヤが足場を占領しているから。

ちょっと低いフロントスクリーン。前屈みで運転を強いられる。

トラックやバスのように前輪がお尻の下にあるのも特徴的で、旋回する感覚が普通車のそれとはちょっと違う。前述したように後部座席は快適なクッションがあり、前席とは比べものにならない広さ。6人乗りの3列と比べると、2列なので足下も広く、フロントシートに比べればリアシートの乗り心地は相当良い。ただしエンジンルームに近い分、かなりやかましいのはDSと違うところ。そのエンジンは600といいながら767ccの4気筒だ。クリストフさんの車はラジエターを大型のものに、水流を増やすために小型のプーリーに交換されている。ムルティプラ自体は数も少なくなっているもののフィアット600はかなりの台数がある。共通のパーツも多く、意外とパーツには困らないそうだ。価格もそれほどではないと言う。

ただし、ムルティプラ専用のパーツは割高になる。バンパーや、ライトを囲むカバーなどはかなり値が張る。手に入れてすぐに2回追突された経験があるという。最初の相手はなんと無免許、無保険の車。ところがフランスは保険に入っていない車と事故をしたときにそれを肩代わりする組織があり、事故後の処理も意外とすんなりといったそうだ。代わりにこの組織は保険に未加入のドライバーと後々じっくりやりとりする。追突されないようにリアウィンドウにハイマウントストップランプを追加。年式からシートベルトもないのだが、自己防衛のためにブレーキランプは追加されているのだ。

このムルティプラ専用のバンパーも希少。

フロントのシートはいわゆるベンチシートで、背もたれは運転席とパッセンジャーシートが一体になっている。背もたれの角度は3段階。シートを倒したりフラットにするには適切な位置にヒンジをあわせる必要がある。

リアシートのヒンジ部分。ここの曲げ方でフラットにしたり、立てたときに最大限のレッグスペースを作ったりと工夫がなされている。ただし、正しい位置を覚えてないとなかなかフラットシートになってくれなかったりもする。

シンプルに作る中での工夫があちこちに見られる。ドアもフロントとリアは同一のヒンジを使用する。つまりフロントは前から後へ、リアのドアは後から前に。ラゲッジスペースへのアクセスは車内から。バンタイプに見えるので、時にはセキュリティから「後ろのトランクを開けてくれ」と言われるシチュエーションになる。そこで、開けると中にはエンジンが収まっていて驚かれる。・・・といったやりとりは何度もあるという。

ドアを開けるとそれが耳のようで愛らしい。

「後のハッチを開けてください」時々セキュリティに言われるけど、そこにはエンジンが収まる。

以前紹介したメッサーシュミットもそうだが、このムルティプラも人を幸せにする車のようだ。そういった車を選んでしまうクリストフさん。人柄が愛車に出ているようだ。

クリストフさんとジョジョ君。

走らせれば笑顔になるし、見ている方も笑顔になる。走行中のリアシートの快適さをもちろんクリストフさんは知らない。一番知っているのは愛犬のジョジョ君なのだ。


写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI

櫻井朋成

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