「試乗を終えた今、私は恋に落ちた気分だ」 熱く、軽やかなマセラティA6G/54ザガート

Dean Smith

マセラティA6G/54は、ロードカーの衣をまとったレーシングカーだ。ザガートの美しい超軽量ボディワークに包まれた稀有な興奮を、ピーター・トマリンが堪能した。



マセラティとザガート


この二つは、私たちが愛する世界の片隅で、特に崇拝され、語り継がれてきた名前だろう。ときにはミスファイアもあった両社だが、頂点を極めた一時期には、欲望を掻き立てるオーラと魅力で他の追随を許さなかった。1950年代中頃、その才能が結集した結果、ほとんど人知を超えた傑作が生まれた。それが写真のマセラティA6G/54ザガートである。試乗を終えた今、私は恋に落ちた気分だ。



A6シリーズは、戦後に花開いたマセラティの最初の果実だった。最初期は純粋なレーシングカーだったが、シリーズは進化してGTモデルへと拡大した。その最終進化形がA6G/54である(“54”は発売年を示す)。製造はわずか63台で、マセラティから送り出されたローリングシャシーをベースに、ボディはフルアやアレマーノなど、様々なカロッツェリアが腕を奮った。なかでもザガートによるベルリネッタは、ザガートを象徴する二つの特質である流線形のフォルムと軽量さが際立ち、当時も今も特に高い評価を受けている。その多くは、ツール・ド・フランスやジロ・デ・シシリアといったイベントに出走する傍ら、ロードカーとしても使われた。

ボディパネルの下は、幾多の成功をおさめたレーシングマシン、A6GCSと近縁関係にあり、軽量なスチール製チューブラーシャシーに、レースで効果を確認したブレーキとステアリング、サスペンションを装備した。心臓部は、総アルミニウム製の2リッターDOHC直列6気筒エンジンで、ジョアッキーノ・コロンボが設計したF2エンジンの遠縁にあたるが、より公道使用に適したものとするため、ヴィットーリオ・ベレンターニが手を加えた。カムシャフトはギア駆動からチェーン駆動に、潤滑方式はドライサンプからウェットサンプに変更、カムプロフィールも変え、点火装置はマグネトーの代わりにディストリビューターを採用した。ほかにも様々に手を加えた結果、獰猛さと音量は押さえられ、メンテナンス性も改善した。マセラティは最高出力150bhpと謳っていた。あの時代の誇張表示を考慮に入れても、たった2リッターのエンジンの出力としては、相当のパワーであった。

シャシーナンバー2186


この2186はA6G/54の中でも後期に製造された1台で、ザガートボディの21台(20台はクーペ、1台のみスパイダー)の中では最後に造られた。

その中に2台として同じものはない。2年間の製造期間に、形とディテールは徐々に変化し、他の部分も顧客とカロッツェリアが相談して決めていた。この1台も、グリルは初期のものより大きく、フロントフェンダーには縦に並ぶ特徴的なエアベントを備え、リアフェンダーは丸みが強い。ボンネットのスクープは二つに分かれ、バンパーは小型のアルミニウム製で、計器パネルは楕円形だ。また、ロードカーとレーシングカーの二役を兼ねるだけに、ウィンドウはフロントを除いてすべてアクリル樹脂製である。

外観に負けず劣らず車内も美しい。

2186は、サンフランシスコでミッレミリア・モータース社を営むチャールズ・レッザーギが1956年にオーダーしたもので、10月31日の完成後にカリフォルニアへ送られた。そこで数々のスポーツカーレースに出走し、のちに赤からシルバーに塗り直された。

1960年代初頭にレースから引退すると、当時のオーナーのフランク・ジェイ・ホークによって、思い切った変更が施された。マセラティのストレート6をビュイックのV8に換装したのだ。冒涜といいたくなるかもしれないが、純粋に実利的な理由からだった。こうしたエキゾチックな1台は、古くなるとスペアの入手が実質的に不可能となる。そのため、エンジンが壊れたら、手近な米国製V8に載せ換えることもめずらしくなかったのである。幸い、のちのオーナーによって2186はオリジナルのエンジンを取り戻すことができた。現在はレストアを受けてオリジナルの塗色に戻り、目を疑うほど素晴らしいコンディションだ。

現在の2186


現オーナーは、サンディエゴの建築家でコレクターのジョナサン・シーガルだ。『Octane』のよき友人で、非の打ちどころのない審美眼の持ち主である。そのコレクションには、1950年アルファロメオ6C 2500 SSスーペルジョイエッロ(「特別な宝石」の意)やアルファTZ1といった美しい至宝が揃う。

しかし、ジョナサンの初恋の相手はマセラティであり、ほかのどのモデルよりもA6Gに惹きつけられているようだ。近年は、フランスで“バーンファインドされた”元バイヨン・コレクションのA6G2000フルアを手に入れ、A6GCSのスパイダーバージョンとA6Gアレマーノも所有する。こうしたコレクションの中で、ジョナサンが最も大切にしているのが、このザガートボディの1台である。彼はこれを「ベイビー」と呼び、「ずっとほしいと思っていた車だ。世界中を探し回った」と話している。

低くかがんだフォルムは、前から見ても後ろから見ても完璧。

世界トップクラスのコンクールイベントに出品したことで、ジョナサンの確信はいっそう強まった。2021年のペブルビーチで、このザガートはクラス最優秀賞に輝いただけでなく、ベスト・イン・ショーの最終選考の3台に残り、最もエレガントなスポーツカーに贈られる『ストラザー・マクミン賞』を獲得したのである。今やその価値は500万ポンドの域に達する。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.)

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事