シトロエンSMがまさかの320km/hを叩き出す!? 世界最速記録に挑んだ男の物語

Dennis Noten

世界最速記録の200mph(約320km/h)超をたたき出すシトロエンSMを造り上げたメカニックがカリフォルニアにいた。それに飽き足らず、専用の平台トレーラーと牽引車両も製作。その驚くべき物語をたどる。



シトロエンSMは実にラディカルな車だが、速度記録に挑戦するのに最適だと考える人は少ないだろう。しかし、ロサンゼルス屈指の腕利きシトロエン・スペシャリストは違った。メカニックのジェリー・ハサウェイは、ウェストバージニア州からカリフォルニア州に出てきて、ビュイックのディーラーで平凡な仕事に明け暮れていたが、そこへある日、風変わりな車がやってきた。1970年代初頭、アメリカ人の目にはシトロエンSMがUFOに見えたかもしれない。しかしハサウェイは、地道に働く傍ら、数多くの技術書を読み込んでいた。

ハサウェイは2021年9月に惜しくも急逝した。その数カ月前に私がインタビューしたとき、彼はこう話していた。「最初に買った本は、ピーターセン出版の『カム、バルブ、排気システムの基礎』だった。私はこの本をすっかり覚えてしまうほど何度も読んだ」

彼は16歳で車を購入、修理して販売を始めた。何台かホットロッドも手がけて腕を磨いたほか、経験豊富な同僚に教えを請い、知識を蓄えた。彼が働くディーラーにSMが整備を受けにきたとき、単純なデトロイト製品の仕事に満足していた同僚たちは恐れをなして近寄らなかったが、ハサウェイは魅了された。

「たしかにSMには難題をたくさん与えられたけれど、私は最大限の準備ができていた。ビュイックには飽き飽きしていたんだ。とはいえ、SMがあれほどの冒険につながるとは考えてもみなかったよ」

ハサウェイはSM専任メカニックにしてほしいと上司に訴えたが、聞き入れられなかった。自分の整備工場を始めることも考えたが、タイミングが悪かった。シトロエンは1973年にアメリカでのSMの販売をやめたからだ。その頃にはシトロエンの西海岸本部から絶大な信頼を寄せられるようになっていたハサウェイは、その仲介で1974年7月にビバリーヒルズのワークショップに移り、SM専任となった。

1976年にワークショップはシトロエンの取り扱いをやめたが、幸運の女神がハサウェイに微笑んだ。彼の熱意を知っていたシトロエンが、ライセンスを無料で譲り受けることを認めたのだ。ワークショップのオーナーからパーツやツールをすべて買い取ると、ハサウェイはロサンゼルスのヴァンナイズで「SMワールド」を開業した。初めは彼のほかにメカニックひとりだけだったが、やがて塗装とボディワーク専門の2号店もオープン。腕の確かさが評判となり、“こぢんまり続ける”という夢がかなうことはなかった。

「商売は爆発的にふくれ上がり、目が回る忙しさだった。1979年の中頃には従業員が11人になっていたよ。それでも私は、経営者に収まるつもりはなかった。自分でSMをいじりたかったんだ」

経済的な成功が確かなものになると、ハサウェイは何か特別なものを造りたいと渇望するようになった。「顧客のひとりに、元クライスラーのエンジニアで、ボンネビル・ソルトフラッツでレースをしていたジョン・マキベンがいた。彼がソルトフラッツ用SMの製作を焚きつけたんだよ」

まず取り組んだのは空力だった。高速域でリフトを起こさないためには、フロントはできるだけ低く、リアはほとんど最大限にまで高くする必要がある。そこでハサウェイは、ハイドロニューマチック・サスペンションの昇降コントロールを前後で切り離し、調整レバーを2個にした。これはドラッグの低減にも役立った。

1979年5月、エルミラージュ乾燥湖で初走行を行い、夏のボンネビル・トライアルに向けて、エンジンを3基組み上げた。ポート研磨とキャブレターのチューンアップで圧縮比を10:1から12.5:1に引き上げ、カムシャフトもアップグレード。するとSMはエルミラージュとボンネビルで140~150mphを出し、自然吸気エンジンの新記録を更新した。だが、これは始まりにすぎなかった。

走行安定性は確保できたので、ハサウェイは翌1980年にパワーアップに取り組むことにした。ツインターボにすれば“200mphクラブ”に仲間入りできるのではないか。そう考えたハサウェイは、例によって過給機に関する本を購入して知識を吸収すると、新しいヘッダーを製作して実験した。そして、またしても成功させた。「元々ターボシステムを持たないエンジンにターボを新たに組み込む場合、吸気のブースト圧を排気圧より高めることが難しい。これができると効率性が飛躍的に高まる。私たちの場合、ジェットニードルと点火タイミングを調整したら、一発で成功したよ」

ツインターボV6は530hpを発生する。

オクタン日本版編集部

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