「世界最高」と認められたポルシェ356の物語

Photography: Delwyn Mallet Archive pictures: Porsche AG



1950年3月にツッフェンハウゼンで生産がスタートしたが、誕生したばかりのポルシェに対する需要は予想を大幅に上回るもので、ちょうど1年後の1951年3月には、当初の割り当てだった500台に到達。1954年3月までの生産台数は、フェリーの見積もりの10倍にもおよんだ。最終的には、7万7000台に上る356シリーズが生産され、1965年に911へと引き継がれた。

ポルシェがシュトゥットガルトの初年度に製造したオリジナル356のレストアを試みた人物がいる。オスローに住むポール・ルイは、そのために気の遠くなるような時間と労力をかけて調査し、大量のクローナ紙幣を費やした。ポールはもともと初期のビートルをレストアするエキスパートだったから、初期の356に挑戦しようと考えるのは、ごく自然な流れだった。
 
だが、そんなポールにとっても仕事は困難を
極めた。グラフィックデザイナーでありタイポグラファーでもあるポールは、職業がら細部に至るまで妥協を許さない目を持つ。ポルシェのレストアを決意したからには、完璧なものにしなければ満足できなかった。書物やほかのレストアラーから集めた一般的な情報では飽き足らず、シュトゥットガルトやポルシェのファクトリーアーカイヴに何度も足を運び、初年度の生産に関して、正確にいつ、何が変更になったのかを調べ上げた。6回に上る訪問回数と、ポルシェ社内の記録を熟読した時間の長さから言っても、最初の500台のスチールボディ車ついてポール以上に知る者はいないと言っても過言ではない。

私たちは彼のポルシェを運転するために招待された。その時、レストアでリセットされたオドメーターが示していた数字は、たったの62kmにすぎなかった。しかも"シャシーナンバー5355"は、ペールグリーンのメタリックペイントを施したボディをまとい、きらきらと輝いて息を飲むばかりの美しさだ。一瞬、時を遡って、この車が初めて姿を現したその日に、アウグスト通82番地のロイター社に来ているかのような錯覚に陥った。1950年当時、これに匹敵する総合性能を持つものほとんどなかった。

装飾がほぼ皆無の356にとっては、空気を欺
くカーブこそが目玉だった。メカニズムやパワーに限界があったにも関わらず、最初のポルシェが瞬く間に目利きの人々の愛情を勝ち得た理由は簡単に分かる。ドアは心地よい音を立てて閉じ、スピードを出しても風切り音の侵入はない。優れた空力特性と気密性の賜物であり、パネル間のすき間に対するポルシェの異常なまでの執着が成せる技だ。356は居心地良く長旅ができるように造られた。広くてパッドの厚い革張りのシートを備え、車内空間は、桁外れに広々としている。



当時、新鮮に感じられたのが、シートに座ったドライバーからボンネットが見えないことだった。ダッシュボードは質素という以外に言葉はないが、バウハウス的な美しさが感じられる。主な計器は、速度計と揃いの時計の2個で、小さめの油温計がその横に並ぶ。驚くべきことに回転計も燃料計もない。回転計は1951年に時計の代わりに備わったが、燃料計は備わらないままで、オーナーはその後何年も、別にある燃料コックと木製のスティックゲージに頼らざるをえなかった。イギリス人がポルシェに情熱を抱くようになるまでには時間がかかった。なぜなら、イギリスのスポーツカー乗りにとっては、マホガニーの厚板から切り出した計器付きダッシュボードが必須だった時代なのである。

356ではおなじみだが、6Vのスターターは一瞬"間を置き"それからエンジンが回りだし、驚くほど大きな音をたてる。エバスペッヒャー社製のシングルパイプマフラーは煩いとオーナーから不評だったが、車内ではエグゾーストノートが特に邪魔になる感じはせず、エンジン音も軽飛行機のように心地良い。ケーブル作動式のクラッチを踏み込み、少しばかり遠いシフトレバーに手を伸ばしたら、ビートル譲りのノンシンクロギアボックスの扱いに心の準備をしたほうがいい。タイミングが的確でないと恥ずかしい音を出すことになる。これが上手に扱えるようになると自己満足が味わえる。独自のポルシェシンクロが登場するのは1952年の末になってからだ。その代わり、ステアリングは軽く、乗り心地は現代の車に劣らずスムーズだ。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words & Photography: Delwyn Mallet Archive pictures: Porsche AG

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