元レースカーを公道用ホットロッドへ!ポルシェ911ロードレーサー、再びオンロードへ【後編】

Jonathan Fleetwood, John Slade

この記事は、「『911ST』への憧れを身にまとった車|ポルシェ911ロードレーサー、再びオンロードへ【前編】」の続きです。



レースカーから再びロードカーへ


目の前にある車に話を戻そう。ブルース・ピケリングはSTに影響を受けたレースカーで長年イベントに参加した後、2008年の秋にジョン・スレードに売却したが、その際にはホイール、ツインプラグ用ディストリビューター、MFI燃料ポンプ、アクスルやダンパー、ギヤセットなど数多くのスペアパーツが付属していたという。さらにはこの車を製作した初日からの克明な記録書類も揃っていた。

新しいオーナーもまたレースの初心者ではなかった。1990年代はじめには英国でアルファスッドを駆ってレースに出場していたが、米国に移住してからは同じような車でレースをする機会があまりなかったという。そこで彼は1974年カレラ2.7を手に入れて積極的にレースに出場するが、テキサスに引っ越したことが契機となってこの車のことを知った。74カレラよりずっと軽い初期の911Sでレースしてみたいという彼の望みをかなえる車だったのである。

当時のレギュレーションによれば、STは他のポルシェではなく(英国ではだいたいそうだ)前述したいわばヘビー級のコーヴェットやカマロと同じクラスに組み入れられた。それでも、いわゆるオーヴァルのインフィールドコースではライバルに先んじることができたという。またウェットになれば、敏捷なポルシェは大柄な相手を寄せ付けなかったらしい。

テキサスとオクラホマのサーキットで活躍したオーナーは、その後英国に戻ることになり、この 911もコンテナに収められて大西洋を渡った。当初は英国でも同じようにレースに参加するつもりだったのだ。だがコーンウォールに落ち着いたジョンは、それは現実的ではないことに気づいたという。何しろ一番近いサーキットはウィルトシャーのカッスル・クームであり、彼の新しいカントリーホームから5時間はトレーラーを引っ張って行かなければならない。「レストアしてオリジナルに戻そうかと考えた。しかし正直言って、それにはコストがかかりすぎるし、それならいっそレストア済みの911Sを探したほうがいいと思えたんだ」という。そこでサルタッシュにガレージを構えるウィリアムズ・クロフォードがこの話に関わってくるというわけだ。

レストア名人のグレアム・キッドの指揮で、ワークショップで入念なチェックが行われたが、カリフォルニアとサーキットで長年使用されてきたおかげか、ほぼ錆びはなかった。あとは情熱のある新しいオーナーを探すのみという段で、アンディ・ヒッブスが登場する。ジャージーのポルシェ・エンスージアストであるアンディは何台も911を乗り継いできたが、ずっと伝説的な911STに憧れていた。ウィリアムズ・クロフォードのもうひとり、エイドリアン・クロフォードと話し合った末に、元レースカーをスタイリッシュな公道用ホットロッドに生まれ変わらせるという方針が決まった。



裸のシェルに戻すために最初に取り外されたのは、米国で装着されたロールケージである。続いて燃料タンク(オリジナルのスチール製)を取り付けるために、ボディシェルを改造する必要があった。ブーツフロアとクロスメンバーを交換し、スタンダードのタンクが再び装着された。リアのフェンダーは11×15サイズのホイールを収めるためにわずかながら広げられた。軽量タイプのドアは外され、オリジナルのスチールドアに交換。ガラスも同様、レース用のレキサンに代えてすべてガラスに戻された。



ドライブトレーンはレースカー時代のスペックを基本的にそのまま踏襲したが、ツインプラグ・イグニッションは最新型に変更され、K&Nのフィルターを装着。ブレーキは従来通り6/ 4ポッドのブレムテック製キャリパーを使用、コイル/ダンパー同軸のサスペンションはオリジナルのトーションバーに合わせて改良された。ホイールはフロントが9×15、リアは11×15のフックス製、タイヤはミシュランTB15(オンロード用で最もレースタイヤに近いもの)を選択した。



プロジェクトの過程で、新オーナーのアンディとウィリアムズ・クロフォードのメンバーは様々なアイデアを出し合ったという。アンディの好みはボディカラーを明るいアイボリーに戻し、インテリアはブラウンの滑らかなレザーと“ペピータ”(ポルシェお得意の千鳥格子ファブリック)の組み合わせとし、カーペットは全面的にドイツ車流の格子柄織りにするというものだった。新たにヘイゴーのハーフロールケージを装着すると見事なインテリアが出来上がった。いっぽうでエアコンのような快適装備は潔く忘れることにした。ウィンドスクリーンの曇り取りのために小型の電気式ヒーターを取り付けた程度である。これはラクシュリーカーではないのである。結果として実に素晴らしい出来栄えとなった。



フレアフェンダーとクラシックな911スタイル、太いフックス・ホイールを備える911“STオマージュ”のカッコ良さだけでなく、公道上で許容できるマナーとレースカーのハンドリングとパフォーマンスの難しい妥協点を探る努力が実を結んだのである。



暖まったエンジンは、ショートストロークのポルシェ6気筒が皆そうであるように、低回転では滑らかさと充分なトルクを生み出し、いっぽうで回転計の針が4000rpmを指すあたりから野獣が顔を覗かせる。エンジン音はさらに深く、回転が上がるにつれてレスポンスは硬質になっていく。7200rpmのレッドラインに近づくころには、景色が急に流れ、突然可能な限り早くシフトアップしなければならない瞬間を迎えるといった具合である。



ところどころウェットなダートムーアの路上でのハンドリングを簡潔に言い表すとすれば、それは神経質というものになるだろう。そもそもTB15タイヤは温度が上がらないと真価を発揮しないタイプだし、レース仕様のサスペンションもあらゆる小さなバンプに反応してダイレクトなフィードバックを返してくれる。モモのステアリングホイールは手の中で暴れがちだが、それらはすべてライトウェイト911ホットロッドとの暮らしの一部である。率直に言って、これは腕に覚えがある人がトラックデイで、あるいはアルプスの峠道で楽しむための本当のドライバーズカーである。





偉大な911への賛辞のひとつであろうこの車は、いかに現代の自動車が複雑になったかを改めて教えてくれる。それらはあなたを甘やかし、外界から守ってくれる。だがこの STを操縦する本能的な歓びは最新の 911でも提供できないものである。




編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA
Words:Keith Seume Photography:Jonathan Fleetwood, John Slade and Porsche archives

高平高輝

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