連載:アナログ時代のクルマたち|Vol.16 ランチアD23

T. Etoh

1953年にランチアは3台のレーシングスポーツを製作した。D20、D23及びD24である。若くして父親のヴィンチェンツォ・ランチアからファミリービジネスを受け継いだ息子のジャンニ・ランチアは、栄光を取り戻すべく積極的にレースに参戦することを決意。それ以前から量産モデルによるレース参戦は行っていたのだが、高みを望むためには本格的なレーシングマシンの作成が必要ということで、その年のミレミリアに投入したのがD20であった。ピニンファリーナの美しいクーペボディを持つモデルであったが、ル・マンでのトップスピード不足など、戦闘力がライバルに対して劣るということで、より軽量化したスパイダーボディを纏ったモデルとして誕生したのがD23であった。

D23はD20の後を受けてその年、即ち1953年6月29日に開催されたモンツァでの国内スポーツカーレースでデビュー。フェリーチェ・ボネットのドライブで2位に入賞している。基本的な構成はD20と全く同じで、鋼管チューブラーフレームにD20のコードネームを持つ3リッターV6オールアルミエンジンを搭載していた。サスペンションはフロントに横置き半楕円リーフスプリング、リアにはドディオンアクスルを採用してブレーキは4輪インボードドラムという構成であった。

D23にとって最初で最後の優勝は、7月にイタリアのモンサントで行われたヒルクライムでのこと。この時のドライバーはピエロ・タルフィである。11月に開催されたメキシコのカレラ・パンアメリカーナにも参戦しているが、この時はすでに主力マシンの座をD24に譲っていた。とはいえエウジェニオ・カステロッティ/カルロ・ルオーニ組が3位に入賞している。

そのカレラ・パンアメリカーナについて少し話をしよう。このレースはメキシコの南北国境を結んだ一般公道で開催されたレースで1950年から54年までの5年間開催された。しかし、この5年間で実に24人もの尊い命が失われ、世界で最も危険なレースの一つに数えられたものだ。開催当初から多くのヨーロッパ勢が参戦し、初年度こそアメリカのオールズモビルが優勝したが、1951年にはフェラーリが、そして1952年にはメルセデスが勝ち、1953年にはランチアが1、2、3フィニッシュで完勝した。この1953年にはワールドスポーツカーチャンピオンシップのタイトルがかけられ、1.6㍑以下のクラスにはポルシェが初参加した。余談ながらポルシェが今も使うカレラの名称はこのレースから来たものである。

この年、ランチアは5台のワークスカーを送り込んだ。最新鋭のD24が3台。そしてD23が2台であった。ドライバーのラインナップも壮観で、優勝したD24はファン・マニュエル・ファンジォ/ジーノ・ブロンツォーニ組。2位のD24はピエロ・タルフィ/ルイジ・マッジォ、そして3位のD23はエウジェニオ・カステロッティ/カルロ・ルオーニという布陣である。しかし、この完勝にもランチアは素直に喜べなかったのである。というのも、トップを走っていたフェリーチェ・ボネットが死亡事故を起こしたからである。通常二人一組で走るこのレースだが、この時ボネットはソロドライブであり、ペースノートを読むコドライバーがいなかった。そのために彼らは危険個所にマーキングをしていたのだが、ボネットはそれを見逃して建物の壁面に激突、即死であったそうだ。この年はボネットのみならず観客を含めて9人もの犠牲者が出た。

翌1954年はフェラーリの完勝。小排気量クラスは新たにデビューしたポルシェ550スパイダーの完勝であったが、この年も多くの犠牲者が出たことで、これが最後のカレラ・パンアメリカーナとなったのである。

D23は合計4台が製作された。しかし、現存しているのはシャシーナンバー0002の1台のみである。このマシンは1953年のカレラ・パンアメリカーナでジォヴァンニ・ブラッコがソロドライブをしたマシンだが、リアサスペンションを壊したことが原因でクラッシュ、リタイアの運命であった。ネットで調べるとD23の写真は多くがブルーに塗られている。イタリアのレーシングカーとしては珍しいカラーリングだが、これはD23のデビューレース時に塗られていたカラーだそうで、カレラ・パンアメリカーナではいわゆるイタリアンレッドの塗装であった。



ロッソビアンコ博物館が閉館した後、この車はオランダのロウマン・ミュージアムに所蔵され現在に至っている。そしてロッソビアンコ時代に赤だったカラーリングは再びブルーに戻されたようだ。


文:中村孝仁 写真:T. Etoh

中村孝仁

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