当時の開発陣に聞く、名車メルセデス・ベンツSL 50年間の軌跡【前編】

Marco Nagel



明確でなかった北米のオープンカー規制


新型SLの開発に着手したのは1965年のことで、初期の頃のスケッチにはパゴダによく似たスタイルのプロジェクトも散見された。チーフデザイナーであるフリードリヒ・ガイガーの理想はトラディショナルなエレガンスを保ちつつ、近い将来に登場する新型Sクラスとの類似性を持たせたスタイルだった。彼が恐れていたのはアメリカでコンバーチブルが法的に禁止になることだったようで、タルガトップを示唆するアイデアもたくさん描かれていた。

同様に立法的な脅威にさらされていた例としては、ジャガーがEタイプの後継としてXJ-Sを投入した例も挙げることができる。ガイガーの他には、1950年代におけるシルバーアローの生みの親であり乗用車部門のチーフエンジニアであったルドルフ・ウーレンハートや、ボディ開発の責任者だったカール・ウィルヘルトといったビッグネームも関わっていた。

1969年の末にはほとんど完成の域に達していたR107だったが、開発部門担当役員のハンス・シェレンバーグがストップをかけている。「とにかくアメリカの規制がどうなるのか、それだけが気がかりで仕方なかったのだよ」と後年、彼は当時を振り返ってこう言っていた。「オープンモデルの方が市場へのアピール度が圧倒的に高いと知りつつ、万全を期すためにスチール製のワイドルーフ仕様も計画すべきだと思ったんだ」。こうした議論の結果、SLCプロジェクトの立ち上げもまた1969年に承認されている。

幸運にもコンバーチブル禁止法が実現することはなかった。「それでもオープンカーでいこうと決定するには多少の困難が伴ったけれど、なんとかゴーサインを出したんだ」

進化し続けてきた


容易に想像がつくだろうが、18年間にも渡ってR107をアップデートし続けた結果、改良の軌跡を追うことは一筋縄ではいかない。内外装の全体的な雰囲気こそほとんど変わらなかったものの、デザインやメカニカルな変更は随時おこなわれたのだ。

1980年と85年にフェイスリフトが実施された一方で、インテリアのアップグレードは毎年だった。比較的大きな改良が行われた年次を挙げると、1973年、77年、80年、82年、そして85年となるだろうか。



パワートレーンの種別が最も複雑だ。まずR107にはモデルライフを通じて8種類もの排気量の異なるエンジンが搭載された。主には3.5リッターから5.6リッターまでのV8だったが、2.8リッターと3リッターの直6も存在した。どうしてそんなにも多くのエンジン種類があったのか。それはひとえに厳しくなる一方だった排ガス規制に適合させるためで、燃料噴射システムや触媒コンバーターの早期採用を余儀なくされたからだった。

これらのエンジンに組み合わされたトランスミッションは、3速もしくは4速のオートマチックが数種類と、初期の3.5リッターV8と、後の直列6気筒用に、4速、そして80年代以降は5速のマニュアルも設定されていた。

「マニュアルなんて見向きもされなかったよ」とフランク・ノーテが振り返る。「ほとんど売れないのでオプションリストに残す意味がなかった。なんと言ってもメルセデスのカスタマーは快適性重視だし、我々のオートマチックは当時の最先端で、マニュアルに比べるともう途方もなくスムースなドライブが可能だったからね。V8にはオートマチックだけの組み合わせでいいというのは早々に決まっていたし、再考されることもなかった。そうそう、ホッケンハイムでのイベントの数日前に、現地へマニュアル仕様を持っていくべきかどうか検討したんだ。もし用意しても誰も興味をもたないのではと。要するにR107には似合っていなかったんだよ、マニュアルギアボックスは」

R107の世界で最もよく議論される話題といえば、さまざまなバリエーションを通じてベストな組み合わせはどれか、だろう。フランクに尋ねてみた。

「それは貴方次第だね。R107は決してレーサーではない。完璧なクルーザーなんだ。ゆったりと快適にドライブできて、望めばそれなりにスポーティな走りも楽しめる。ワインディングロードを楽しみたいというなら、6気筒モデルがいい。コーナリングワークは容易いし、十分に速い。力強い走りがお好みなら、V8だろうね。それに欧州仕様のV8モデルを選べば、アンチスクアット・アンチダイブのサスペンションが装備されていたから、いっそうバランスのいい走りを楽しむことができるだろうしね」

彼はさらにこう付け加えた。「R107の個人的なベストチョイスは、5リッターのV8だ。エンジン重量は3リッターのストレート6とほとんど変わらないしね。フロント荷重を80kgも劇的に軽くできたのだから!これに85年以降のフロントアクスルを組み合わせたい。前輪をより真っ直ぐに保ってくれるからブレーキ性能に優れているんだ」



・・・【後編】では3台のSLを乗り比べる。


編集翻訳:西川 淳 Transcreation:Jun NISHIKAWA
Words:Massimo Delbò  Photography:Marco Nagel/Mercedes-Benz

編集翻訳:西川淳 Transcreation:Jun NISHIKAWA

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