何だこの牽引車は? シトロエンSMの「自作ピックアップ牽引車」に試乗してみた!

Dennis Noten



いよいよ“ビースト”に目を向けよう。速度記録車のエンジンベイは、目を見張るばかりである。巨大なエアインテークの下に、2基のギャレット・エアサーチ製ターボと、ホーリー製4バレルキャブレターを搭載する。これらの場所を確保するため、ステアリングラックの角度を変更する必要があり、ステアリングの感触はやや一貫性に欠ける。ハイドロニューマチックシステムも再配置した。ディファレンシャル比は高くして、ロータスで使われたのと同じ数値にしている。

何よりも、全体を巧みにまとめた手腕に圧倒される。ドゥアックもこう語る。「ガレージに到着すると、うちのメカニックたちは、レーサー、ピックアップ、トレーラーの巧妙さに驚愕していた。すべてが見事に考え抜かれ、実にプロフェッショナルに造られている。最大の尊敬に値するよ」

まず私は助手席に乗り、技術者が運転して扱い方を説明してくれた。車内では、あらゆるタイプの音が聞こえる。あちこちから、カチカチ、フィーンといった音がするのだ。アンチラグスイッチを押すと、ターボが稼働する。同時に、太いテールパイプから大きな炎が吹き出し、銃撃戦かと思うような爆音を発する。

特製のバケットシートに、通常より多くのメーターが並ぶダッシュボード。

速度記録車を運転するには、まず金属製の深いバケットシートに腰を下ろす必要がある。細身の人ならもっと楽にできただろう。想像に違わず、ダッシュボードは通常のSMとはまったく違う。ネモ船長もうなる計器の数だ。大きなレブカウンターがダッシュボードの左上に突き出ており、その下にはデジタルの電圧計。さらには空燃比、排気温、水温、油温、ブーストを示すメーターが並ぶ。LHM圧はフロントとリアに分かれている(高速リフトを避けるにはノーズが低く、テールが高い姿勢を保つ必要があるので重要)。加えて燃圧と、排気圧が赤でマニホールド圧が白のメーターもある。ブーストは4000rpmからで、エンジンの最高回転数は8000rpmに上る。通常のSMのマセラティV6の場合、6600rpmを超えるのは避けたほうが身のためだ。

そして、もちろんパラシュートもある。これが減速に不可欠なことは、ハサウェイが身をもって証明したとおり。今回は、このボタンに触るのはやめておこう。標準のSMと大きく異なるのが、ステアリングのパワーアシストがないことだ。したがってUターンは筋トレと化すけれど、いったんスピードに乗れば忘れてしまう。そして何より、矢のようにまっすぐ突き進む。セットアップでこの点を追求したのは間違いない。

ターボラグはユタ州並みに広大だが、ボンネビルでは計測区間までに何マイルも加速できたから、何の問題もなかった。2基のターボが稼働する前から加速力は見事だ。しかし、ターボが稼働したら最後…ここが広大な荒野ならよかったのにと思わずにはいられない、とだけ言っておこう。ブーストの高まりは一定だが、加速は強大かつ無尽蔵で、全身の毛が逆立つ速度に苦もなく達する。ロベール・オプロンが生み出した滑らかなフォルムが空気を軽々と切り裂いていき、その間も抜群の安定感を見せる。ドゥアックの技術者は、人里離れた道路を走行中、5速でブーストが高まるときにどれほどのパワーを感じたか口にしていた。このハサウェイの自慢のマシンが、世界最速記録をたたき出したことは容易に想像できる。



フランスの香りを漂わせてユニークなアメリカンドリームを実現した世界最速のシトロエンとジェリー・ハサウェイに乾杯しよう。アンドレ・シトロエンが生きていたら、きっと帽子を脱いで敬意を表したに違いない。


翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA
Words: Marc Sonnery Photography: Dennis Noten

オクタン日本版編集部

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