寒い国から帰ってきたモンスターマシン│驚くべき再生の物語

Photography: Stefan Warter Lipman



ポール・カラシックは亡くなるその日まで、ロシア人の協力者たちについて明かそうとはせず、そしてバーバラもまたその冒険について口にすることはなかった。彼らは本を書こうと計画していたが、結局実現しなかった。だが、ポールはオクタンの寄稿者でもあるダグ・ナイには彼らの旅について話をしており、それは1993 年の"クラシック&スポーツカー"誌に掲載された。

「同じ人々に何度も会って、私を信用してくれ
るまで色々なことを話した」とポールはダグに説明している。「何人かは私のアクセントを疑ったので、アメリカにはとてもいい学校があるんだよ!と言い訳したものだ」。ダグによれば、ロシア人の多くは、ポールをKGBのスパイではないかと疑っていたらしい。 

ポールは同じ話をアウディ・トラディション
のトーマス・エルドマンにも語っている。「あの当時のソ連でそんなことをできるのは他に誰もいなかった」と彼は言う。「ポールは皆に話を持ち掛けるやり方を知っていたし、喜んで金も払った。しかし、彼が言うには皆ひどく怯えて、嫌々ながら話を聞かせてくれたという。逮捕されることを心配していたのだ。一度など、KGBから隠すために金をトイレに流したこともあったらしい。ポールはよく言っていたものだ。『このパーツに近づくために、私がどれだけの酒を飲む必要があったか、君にはとても信じられないよ!』天気の話をするだけのためにウォッカを何度も回し飲み、車の話をするのにもう一度、アウトウニオンについて訊ねるにはさらに何度も、という具合だ。実際にポールはそれで体を壊してしまったが、それでも彼は諦めなかった」



そしてとうとう、1984年か85年ごろ、リトアニアのビリニュスで"とても大きな、恐らくは大きなホルヒのエンジンがある"という話を聞いた。彼はそれを追い、レニングラード近くのペトロドヴォレックという町にたどり着いた。そこで見せられた写真に写っていたのは、明らかにアウトウニオンV12グランプリエンジンとトランスアクスルだった。最初に聞いた時は"ボディの半分"ということだったが、実際にはシャシーの半分と他のパーツ類だった。誰かがもともとのシャシーを切り詰め、そこに牽引バーを溶接してトレーラーに改造していたのだ。それはとても車とは呼べない代物だったが、正真正銘のアウトウニオンだった。

もちろん、見つけたことですべてが終わったわけではない。ポールとバーバラはその部品を回収する方法を見つけなければならなかった。息子のサッシャとともに、彼らはオーストリアでキャンピングカーを購入し、それに古いプジョーのエンジンを積んでフィンランドのヘルシンキに走り、プジョーの書類とともにソ連国境を越えて、ペトロドヴォレック郊外にたどり着いた。次にそこでインツーリストのミニバスと運転手を雇い、街の中へ入ってパーツを積み込んでキャンパーまで戻り、互いの荷物を交換した後に国境へ走り戻った。そして彼らは歴史的なグランプリカーのパーツとプジョーの書類とともに、普段通りのチェックを受けて無事に国境を越えることができた。

「私たちは押し黙ったまま何マイルも走りまし
た」とは、バーバラがダグ・ナイに語ったことである。「それから私たちは辺りを見回し、お互いに顔を見合わせて叫んだんです。やったぞ!って」

これが1938年タイプD発見の大まかなストーリーである。だがもう一台に関する物語はもっと驚くべきものだ。それは偶然の結びつきと言うよりも、カラシック夫妻の親切な行為が呼び寄せたものだったかもしれない。



カラシック夫妻の東欧旅行の話を耳にした米国在住のウクライナ出身の女性が、彼らに頼み事を持ちかけた。彼女は戦争中に娘を残したまま、強制労働者としてドイツに送られた過去を持っていた。娘の住むウクライナの住所は分かっていたが会うことは叶わず、夫妻に連絡をとってくれないかと頼んだのである。カラシック夫妻は次の旅で頼まれた通りにしたが、自分たちが車を探していることについては何も話さなかった。

だが、母親は娘に宛てた手紙の中で、
彼らが何を探し求めているかについて書き送っていた。その頃、夫妻はヴァレリー・ニキチンと言う名前のエンジニアを探していた。ニキチンはウクライナのカルコフで作られた車で、1950年代に175mphのソ連邦速度記録を樹立したと報じられていた人物である。いっぽうで彼女は母親への返事の中で、なぜカラシックがそのことを言わなかったのかと訊ねた。というのも、彼らが捜しているその男は、彼女の夫のすぐ近くの工場で働いていたコンスタンチン・ニキチンに違いなかったからである。

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation: Koki TAKAHIRA Words: David Lillywhite

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