究極の2台、どちらが好み?|2台のアストンマーティン DB4GTザガートを同時比較【後編】

David Roscoe-Rutter

この記事は「生産台数わずか19台のサラブレッド|2台のアストンマーティン DB4GTザガートを同時比較【前編】」の続きです。



ノンレストアとフルレストア


「もう長いことこの車を知っているが、これほどオリジナルを保った車は他にないはずだ。これは本当に特別な1台で、私が7番目に手に入れたザガートだ。最初に買ったのはあの1VEVで、それは20年あまり前にドニントンのブルックス・オークションで手に入れた。一度売ったが、2年後に再び買い戻し、その後は12年間所有した。手放したらもう二度と手に入らないのに、と当時皆が言ったが、その後すぐ3台手に入れた。こういうことは自然に落ち着くこともある。車がどこにあろうと、思い切って飛び込むことも時には必要だ。もちろん、いつもすぐに売れるとは限らないから待つことも必要だし、そのための手段を持たなければならない」

ウィリアムは1960年代の末、彼の両親が所有するランカシャーの土地で19歳の時にこの仕事を始め、今も同じ場所でビジネスを続けている。

7台も所有したウィリアム・ラフランと現有の2台のザガート。

「私はその点でラッキーだった。顧客は世界中からやって来る。直接顔を合わせることが大切だよ。それに多くのコレクターは、ヨーロッパのイベントに出るために英国に拠点をほしがるんだ」と彼は言う。 彼はとりわけフェラーリの専門家として知られるようになる。

「中でもSWBだ」と彼は語る。

「経験を積むうちに価格を決める手助けもした。それにアストンマーティン・ザガートは他の何より多く扱ったと思う。父が亡くなった時に、車の売買をすることを決めたんだ。そんなことをすると損をするという人もいたが、結局はいい買い物だった後で分かる。あの頃はめずらしい特別な車もずっと安かった。私は他のコレクターのやり方と、価格が上下することを観察してきた。時には売るにも買うにも待たなければいけないことがある」

ウィリアムがブルーのザガートを購入したのは2010年だった。その車はいくつかの点で赤のザガートとは異なっていた。「ザガートはいわば手作りだから、こちらから部品を取って別の車に取り付けるというわけにはいかない」と彼は言う。確かに、たとえば0176/Rのドアハンドルは細いレバーだが、0189/RではDリングとボタンによるものだ。さらに興味深いのはこの0189/Rは1962年にHWMにデリバーされる以前に、走行わずか227マイルでアクシデントによるダメージを負っていること(直ちに修復されたが)、そして塗装とトリムも英国で行われたことが他のザガート(2台を除いて)とは違う。深紅のボディに黒レザーのインテリアを持つ0176/Rに対して、英国で人気のあるブルーに赤のレザー内装の組み合わせなのはそれが理由だろう。

両車の違いはまだまだある。0189/Rはウィリアムが購入する前にアストンマーティン・ワークスでオリジナルスペックにレストアされており、歳月を経た風格のある0176/Rとは対照的な新鮮さを保っている。ウィリアムが手に入れてから、この車は数々の主要コンクールに参加している。すなわち2011年のヴィラデステ、2012年クェート(二つのアワードを獲得)、2014年サロン・プリヴェ(クラス優勝)、そして2012年のウィンザーキャッスル・コンコースなどである。「ウィンザー・コンコースはちょっと自慢できる」とウィリアムは語る。

「あれは歴史的なイベントで、アストンはわずか60台のうちの1台だった。世界中の有名コレクターとともに、あの中庭に招待されたのは大変な名誉だった」

ホーシャムのSWJミラーが0189/Rの最初のオーナーだったが、レースのスポンサーとしても有名だった彼の会社が傾くとHWMに買い戻され、その後1967年にケン・ホブスにわずか1500ポンドで売却されたという。ホブスは太いタイヤを履くためにホイールアーチを拡大して、AMOCウィスクーム・ヒルクライムに参加した。その後、南アフリカで70年代前半を過ごし、キャラミ・サーキットで定期的にレースに出場、その間に一度なくボディを塗り替えられている。1976年には英国に戻り、4人のオーナーを経てドイツに渡った。1983年のホッケンハイムでのオールドタイマーグランプリに出場した記録があるが、あのラリースターのワルター・ロールがプラクティスでエンジンをブローさせてしまったという…

その後有名な英国のディーラーでレーサーでもあるフランク・サイトナーが1984年から86年まで所有していたが、陸送ドライバーが彼の本拠地であるノッティンガムに向かう途中で、溝にはまる事故を起こしたと記録にはある。1980年代末にはさらに何人ものオーナーを転々とした結果、この車は最も数多く取引されたDB4GTザガートと言われることになった。

スイスのディーラーのルーカス・フニがオランダ人オーナーに売却したのは1995年。その彼がアストンマーティン・ワークスに依頼して、出荷当時のスペックとカラーに戻すフルレストアを行った。加えてナンバープレートもオリジナルの「37PH」に戻された。その後、1998年のペブルビーチ・コンクール・デレガンスに参加、その12年後にウィリアムが手に入れ、今も完璧なコンディションを維持している。

まさしくサラブレッド


こうして2台ともにスペックはオリジナルだが、その1台は100箇所ものレストアを行った結果であり、もう1台はオリジナルのまま保存されてきたものである。どちらもトリプル・ウェバーを装備して314bhpを発揮するマレックの3.7リッターツインカム6気筒を(正しく)搭載している。私はまずブルーのザガートに乗った。



軽いドアを引き開けることがもうちょっとした出来事だ。3本スポークのウッドリムステアリングホイールと薄く簡素で軽量のザガートシートの間に体を滑り込ませるには、もう少し可動範囲が広い関節があればと思ったが、一旦座れば実にルーミーで視界もよく、伝統的な黒いアストンのダッシュボードに胸が熱くなる。小さなイグニッションキーでストレート6は簡単に目覚めたが、アイドリングは太くドラムを叩くようなビートを刻む。斜めにローギアを選び走り出すと、緊張感のあるフィードバックに驚かされた。ステアリングレスポンスはクイックで鋭く、とにかく軽快敏捷であることが伝わってきた。

当然乗り心地は硬く、バンプではゴツゴツした突き上げを感じるものの、ボディそのものはしっかり引き締まっており、単にコンペティションカーの血統ゆえと思われる。この車は洗練度よりも正確性を重視したレーシングスポーツカーなのである。スピードが増すにつれ、シフトもスムーズになっていくが、今のところは3速までで十分だ。何しろ154mphの最高速までわずか4段でカバーするのだ。ノイズは荘厳と言ってもいいほど、管楽器のような唸りがドライバーを包み込んでクライマックスを目指す。あらゆる操作がダイレクトに反応を促す緊張感にあふれている。

コーナリングではわずかに修正舵を必要とするが、神経質というほどでもない。おそらくはクロスプライ・タイヤのせいだろうが、スピードが上がればより活き活きと正確に反応してくれるようになる。ステアリングはちょっとした新発見だった。1960年代初期の車に想像するよりもずっと機敏だったのである。当時としては先進的なラック・ピニオン式のおかげだろうが、ターンインは公道を50mphで走っていてもリニアで適切だ。ジム・クラークのグッドウッドでの大活躍もさもありなん、である。

「ザガートは競走馬のようなものだ」私が車を乗り換えるために戻った時にウィリアムは言った。「ゆっくり走るのはあまり得意ではない。喉を調子よくするためには、ある程度回す必要がある。そうすると素晴らしくなるはずだ」それまでの経験からして彼はまったく正しかった。



今度はほっそりとしたドアレバーを引いて0176/Rのよりふっくらとしたシートに座る。ダッシュボード越しの眺めは変わらないが、ドア上部の厚いパッドや古びてしわのよった黒いレザートリムが古くからの知り合いのような親近感を与えてくれる。ステアリングホイールは歴史を感じさせ、ギアノブも同様にシフトパターンが消えかかっている。3.7リッターストレート6は健全だが、そのサウンドは若干滑らかで、機械音よりも排気音が目立つ。こちらのほうが乗り心地は明らかにソフトであり、英国の道に時折現れる不整でもフラットな姿勢を保っていた。その分コーナーではわずかにレスポンスに劣り、操舵力自体もやや大きかったが、私が思うに、たとえばフランスを横断しアルプスを越えるような本当のロングドライブでは、機敏で引き締まった0189/Rよりもこの赤いザガートのほうがリラックスして一気に走れるはずだ。



「私と同じように、私の子供たちもこの車を愛してくれると思う。彼らに引き渡してやれるのは素晴らしいことだ。価値はさらに上がるはずだが、私と同様に、家族にも幸運をもたらしてくれるはずだ」

ところで彼は2台のうちのどちらがより好みなのだろうか?

「今日はブルーのほう。だが明日は簡単にもう1台のほうになるかもしれない」

私はその気持ちを正しく理解できていると思う。その軽快さと鋭いレスポンスのおかげで0189/Rは、短いドライブなら完璧なパートナーである。いっぽう0176/Rの魅力は、年齢相応の風合いと円熟したキャラクターである。“新品同様”ではもちろんないが、作られたそのままに5万マイルを正直に刻んだその姿は貴重そのものである。どちらのザガートもそれぞれに魅力的だが、確かなのはそれを選べるという立場が真にうらやましいということである。



1962年&&1963年アストンマーティンDB4GTザガート
エンジン:3670㏄、DOHC、直列6気筒、ウェバー45DCOE4キャブレター×3基
最高出力:314bhp/6000rpm 最大トルク:278lb-ft(377Nm)/5400rpm
トランスミッション:4段 MT、後輪駆動 ステアリング:ラック・ピニオン
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピックダンパー、スタビライザー
サスペンション(後):リジッド式、ライブアクスル、トレーリングリンク、ワッツリンク、コイルスプリング、レバーアームダンパー
ブレーキ:ガーリング・ディスク 車両重量:1229kg
最高速:154mph(≒248km/h) 0-60mph加速:6.1秒


編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA
Words:Glen Waddington Photography:David Roscoe-Rutter

高平高輝

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事