ヨーロッパ遺産の日その3:ル・マン24時間レース100年を祝う

Tomonari SAKURAI

9月16~17日はヨーロッパ遺産の日。この日はあちこちで普段は入れない場所が公開されるなどイベントが催される。前回のレポートに続き訪れたのはパリの北西Saint-Gratienという街。

この小さな街ではこの日にル・マン24時間レース100年を祝うのだという。なぜこの小さな街でル・マン24時間なのか?町おこしでル・マン24時間レース100年にあやかったイベントなのか?まあ、小さなイベントだろうという正直あまり期待しないでそこへ向かった。

パリの北といえば、7月に移民の少年が射殺されたことを発端に暴動が起きたように移民が多く治安も悪い地域。車で近づくと風景が変わる。クラシックカーのイメージとはほど遠い雰囲気で、出来れば足を踏み入れたくない地域である。その町に入るとたしかにそのイベントが行われている看板が目に付く。その不釣り合いな看板に余計に不安がこみ上げてくる。会場はこの街の市役所の前だ。すぐ脇に車を停める。

市庁舎前の広場が会場。この風景からル・マン24時間レース100年を想像できるだろうか?

街路樹の隙間から市庁舎とその前に数えるほどの旧車が停まっているのが見える。旧車といってもDSだのルノー5だの特に珍しいわけでもないし、ル・マン24時間を感じさせるレーシングカーがあるわけでもない。まあ、こんなものかと会場に向けて歩き始める。すると後から古い車が通り過ぎていく。振り向いた僕に気がついたドライバーがクラクションを鳴らして手を振っている。とはいえ、ルマン24時間という感じは全くしない。

会場に近づくとなにやら古い車が手を振ってくる。

1930年代らしい車が1台、そして、今こちらに手を振っていた車もそれに向かい合うように停車した。「はずしたな…」そんな想いで会場に入った。会場にはいくつかのテントがありパネルが展示してあった。来場者もまばらで、いくつかあるテントのひとつでこのイベントの主催者らしき団体がのんびりお茶を楽しんでいる。のどかな雰囲気だ。そのパネルをのぞきに行くと、1923年の第1回ル・マン24時間レースの話が書かれている。初代の優勝者の一人ルネ・レオナール。彼はここに住んでいたのだ。そして、先ほどの1930年代の2台の車は優勝車と同じブランドのシュナール・ワルケール(Chenard et Walcker)だったのだ。

Chenard & Walcker Y3。1927年のモデルだ。

お茶をしていた皆さんに話しを聞くと、一人はフランスの旧車会をとりまとめるFFVE (Fédération Francaise des Vehicules d'Epoque)からル・マンのレースの運営に携わっているという人物。そしてシュナール・ワルケール・オーナーズクラブ会長だった。シュナール・ワルケールは戦前ルノー、シトロエン、プジョーに次ぐ4番目に大きなメーカーであったがその後衰退してプジョーに吸収されていった。現存する車両も少なくなったが24時間初代優勝車メーカー、そしてフランス車ということもあって、オーナー達はその誇り高きブランドを護っていこうとしているわけだ。この会長は4台のシュナール・ワルケールを所有しているという。

シュナール・ワルケール・オーナーズクラブ会長からレクチャーを受ける。

この町に住んでいたという初代優勝車のルネ・レオナールは彼らにとってヒーローであり、それこそ遺産なのである。ルネ・レオナーはレーシングドライバーというわけではなく、開発のテストドライバーが本職という事もあって、その後のシュナール・ワルケールのレーシングカーを駆りいくつかのレースには参戦していた。

1976年76歳でこの世を去ると、彼の住んでいたこの町の家の倉庫から古い車のパーツが見つかった。ドアの内張のようだがそれがどの車かは不明だという。開発に携わっていたのでプロトタイプかもしれない。そんなパーツも展示されていた。一通り話しが済むと「じゃあ、ドライブに行こう」と、さっき手を振ってくれたドライバーが誘ってくれた。車に乗り込んで会場を後にし、近所を走り始めた。1930年代の車に乗るにはちょっと若いそのオーナーに話しを聞くと、これが初めての旧車だという。やはりそこはル・マン24時間初代の優勝車メーカーであることが決め手となった。ボロボロのものをコツコツ治して楽しんでいるという。実は今乗っている車のエンジンはルノー5のものだと。オリジナルは取り外してレストア中ということだ。

一時期はフランス4大メーカーの1つとして名を馳せたモデルなのだ。

エンジンが温まると気化するガソリン量が増え燃焼しにくくなる。おかげで何度かのエンスト。しかしエンジンはルノー5のものだという。

会場に戻るともう一台のオーナーが「こちらもどうぞ」と手招きする。こちらのシュナール・ワルケールはきれいにレストアされており、安全のためにウィンカーを取り付けた以外はほぼオリジナルだという。内装に目をやるとその当時のアールデコの様式で飾られているなど、魅力的な車である。オーナーによると本当はシトロエントラクシオンアヴァンを探しそうとインターネットを見ていたという。お目当てのトラクシオンがあったものの程度が良くないという説明に悩んでいたところ、同じページにこの車がありそれに飛びついてしまったとのことだ。

モデルAigle4 T11。1935年製。車とお似合いのスタイルに身を包んで。

安全のために追加したウィンカー。

会場に戻るとさっきとは違ってかなりの数の来場者。それに合わせてFFVEのスタッフがマイクを握って会場を盛り上げている。到着して車を降りるといつの間にかマイクが僕に向けられており「日本語で挨拶をして貰います!」と振られてしまった。なぜか分からず言葉の通じない来場者に日本語で挨拶すると、日本大好きフランスの様子で妙な盛り上がりを見せた。

ということで、何とも言えない雰囲気の中ル・マン24時間の100周年に触れる機会になった。車、そしてル・マン24時間レースはヨーロッパの遺産となっているのだ。


写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKRAI

櫻井朋成

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