「王道ではない」とも揶揄されたポルシェカイエン。20年が経過して現在の評価は?

Barry Hayden

ポルシェがSUVのカイエンを発売し、“純粋主義者”を落胆させてから20年が経過。物議をかもした新型車だったが杞憂に終わったことを、時が教えてくれる。



戸惑い。 
この言葉は初めてカイエンに遭遇したときの私の気持ちだった。当時、ポルシェ車としては異端児扱いされていたボクスターを所有し、944の元オーナーであった身にとっても、そうだった。ボクスターや944でさえ「真っ当なポルシェではない」と公言する人さえいた。私は根っからの911ファンだが、王道ではないポルシェに乗っていた。いわゆる“二軍”のポルシェであっても、私にとっては実に素晴らしい車だった。そうした私でさえ、ポルシェが背の高いSUVを投入することには戸惑いを隠せなかった。

そんな私が今、2005年式カイエンSのステアリングを握ってノース・ペナインの壮大な B6278を疾走し、ハドリアヌスの長城からさほど遠くない目的地に向かっている。ポルシェ・カイエン誕生20周年記念走行である。11月末、昼でも縁石に霜が降りていて(実際には溶けない)、厚い霧の上に登ってきた。まるで氷河の上に立っているような、不気味な雰囲気すら漂う場所だ。雄大な湿原を縫うように走る、あまり管理の行き届いていないアスファルトの端には、雪の深さを示すポールが立っている。湿原の草と道路の境界線は曖昧で、そのうち警告板が必要になるだろう…、そんなことを考えていたところ傾斜がきつい下り坂が現れた。

4輪駆動の安心感と高いドライビングポジションは、ありがたい。このあたりは以前にもポルシェのステアリングを握って走ったことがある。直近では911 GTSとケイマンGT4RSだった。季節が違ったので路面は凍結の不安もなかった。お世辞にもスムーズではないアスファルトだが、運転を楽しむには十分なグリップが得られた。今の時期なら…、どうだろう。



ドライバーの身体はレザーシートがしっかりサポートして、レザーで巻かれた3本スポークのステアリングホイールはドライバーに対して911と同じような角度になっている。手と腕にしっくりくる。ボンネットに収まるのは最高出力335bhp、最大トルク310lb-ftを誇るV8エンジンで、2500rpmくらいから力を発揮し、5500rpmまで息切れすることはない。最高速度は240km/h、0-60mph加速は6.9秒。トランスミッションは6速ティプトロニックが組み合わされ、4輪を駆動する。



過去に戸惑いを覚えた車を運転し、いまは楽しみ、ときおり運転しながら声を出して笑ってもいる。カイエンは2トンを超える車両重量がありながら、十二分なグリップ力を発揮する。車体の動きはそれなりにあり、ボディロールもするが慣性を脳に知らせるレベルのもので、車との一体感はかつてのSUVらしからぬものだ。そして、サスペンションのセッティングを「スポーツ」にすれば、戦闘モードに入る。



たしかに、911と比較するとステアリングの応答性はやや劣るかもしれない。しかし、当時のスポーツサルーンに匹敵するものであることは間違いない。車両重量は鈍重さではなく重厚感をもたらしている。そして速く走らせるとカイエンは、ドライバーに十分なフィードバックを与える。カイエンSは今の水準で見ても、決して遅くない。そして20年経った今、最新のターボSは631bhpを誇るまでに至っている。

水冷革命


遡ること1989年、フェリー・ポルシェは“我々の品質基準に沿ってオフロードモデルを作り、フロントにポルシェのエンブレムを装着すれば、消費者にアピールできる”と予見していた。

当時のポルシェは経済的に苦しんでいた。928の4ドア版となるはずだった989の開発に莫大な資金をつぎ込み、空冷911、トランスアクスルの944や928は、いずれも販売で苦戦していた。1990年代に入るとポルシェの年間販売台数は全世界で2万台強に過ぎなかった。そして、赤字に陥っていた。この頃、メルセデスベンツ500E(W124)やアウディR2アバントを開発・生産受託したのは、ドイツ政府主導だったとも言われている。

転機となったのは、いわゆる水冷革命である。水冷エンジンを搭載することになった911(996型)、さらにリアに水冷エンジンをミドシップした新型モデル、ボクスターが投入された。そして、ポルシェはゆっくりと復活を遂げることになった。そして、もっと利益を生むためとしてラインナップの“常連”となったのがGT3やRSである。

ポルシェにとって北米は最大のマーケットであり、当時のヴェンデリン・ヴィーデキングCEOは新興のアジア市場にも目を向けていた。ジープ・チェロキーとフォード・エクスプローラーがアメリカで人気を二分し、そのほかの地域ではトヨタと三菱がCCV市場を席巻していた。レンジローバーが20年前にラグジュアリーな市場を確立していたのに対し、ポルシェはスポーツカーを愛するドライバーにアピールし、ライバルのオフロードカーに差をつけるようなモデルを考えていたのだ。ちなみに現在、ポルシェにとって最大の市場は中国であり、売れ筋は911やケイマンGT4ではない。

もちろん、ヨーロッパでもドイツ勢を筆頭にSUV人気が爆発的に高まった。1997年にメルセデスがMLを、1999年にBMWがX5を発売し、さらにVWグループでもポルシェのカイエンを筆頭に派生モデルが続々と登場した。しかし、カイエンは単なるVWトゥアレグのクローンコピーではなく、1998年6月に発表された「プロジェクト・コロラド」と呼ばれる共同事業の一環として開発された。

ポルシェ・カイエンとフォルクスワーゲン・トゥアレグは同じプラットフォームを共有するが、開発はポルシェが主導した(ポルシェのホイールのボルトパターンを見ればわかる)。2002年9月のパリモーターショーで発表されたカイエンは、ポルシェにとって928(1995年に生産中止)以来のV8エンジンを搭載し、初めての4ドアモデルで、1950年代以来のオフローダーだった(それはトラクターだったわけだが)。

カイエンの登場はSUVの投入を待ち望んでいたヴィーデキングCEOの願いが叶い、フェリー・ポルシェの予見が現実のものとなったことを意味する。当初、年間2万5000台の販売が見込まれていたが、結果は3万5000台と予想を大幅に上回った。初代カイエンは8年間で27万6652台が販売された。この間にカイエンのバリエーションは増え、初期の自然吸気V8エンジンに、よりパワフルなGTS、ターボディーゼルV6、自然吸気V6、そしてフラッグシップのターボとターボSが追加された。

2017年からカイエンは3代目となり、2020年には100万台目が生産ラインから送り出された。カイエンは立派にポルシェ車として誰もが認めるだけでなく、マカン、パナメーラ、そして最近では電気自動車のタイカンへと道を開いた。そればかりか、現在のカイエンのプラットフォームはアウディQ7とQ8、ベントレー・ベンテイガ、ランボルギーニ・ウルスの根底を支えるものになっている。

ポルシェ・トラクション・マネジメントの威力


カイエンの4輪駆動システムは「ポルシェ・トラクション・マネジメント」と名付けられ、パワーを前38:後62に分割するが、必要に応じて最大100%のトルクを片方のアクスルに送ることが可能だった。今ではポルシェの全モデルに用意されている、減衰力を常時可変させるエアサスペンション「ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネジメント」と組み合わせられた。当時、ほかの4輪駆動ポルシェ車とは異なり、カイエンは高速走行時のグリップだけが問題ではなく、ターマックの果てまで走破するポテンシャルを備えていた。最低地上高は217mmから273mmまで上げることができ、ローレンジのトランスファーボックス、ロック式のセンターディファレンシャルなど、ランドローバー並みのオフロード性能を備えていたのである。



そんなカイエンのオフロード性能を再確認する機会を得た。絵画のように美しいロモルドカーク村から数マイル東に行ったところでターマックが終わり、ダートと草の道へと張り込んだ。念のために車高を上げてみた。もっとも、どのカイエンでもこの程度の道は余裕を持って走ることができる。エアコン、シートヒーター、快適装備を満喫しながら、デフロックをすることもなく、ダンパーのセッティングは「ノーマル」でも大丈夫。緑のなかに車が走ることができた、二本のラインをなぞるように走る。ときおり、長い草がカイエンのボディ下にごそごそ触れる音が聞こえる。轍ではステアリングが緩やかにキックバックし、サスペンションは凹凸を乗り越えるためにターマック上よりも大きく動いて、仕事をしていることが分かる。



ようやくチャレンジングな場所に差しかかった。草の上に残された跡から、どうやらトラクターが横滑りしコースアウトしたようだ。草が激しくなぎ倒されていて、進路が分かりにくくなっている。ここで目安となるのは両脇にある石垣で、道幅は14mほどあるので、どう走るかはドライバーの判断に委ねられる。路面の凹凸は大きく、アクセルペダルの踏み込み量を調節しながらときおり、水しぶきを上げながら走る。ステアリングを軽めに握ることで、カイエンに進みたい方向を見つけさせるような雰囲気すらある。フロントとリアのアクスルが逆方向にねじれるような場面でも、カイエンは着実に前進していく。



カイエンの実力を知るうえで、こんな戦績も残されている。2006年、ロシア・モスクワからモンゴルのウランバートルまで走るトランスシベリア・ラリーに、2組のプライベートラリーチームがそれぞれポルシェ・カイエンSを出場させ1位と2位を獲得。その後、26台の「カイエンSトランシベリア」のカスタマーカーが限定生産され、2007年のトランシベリアでは、カイエンが1位、2位、3位フィニッシュを決め、合計7台がトップ10入りを果たした。その1年後の同ラリーでは19台が出走し、6位を除くトップ10がカイエンという偉業を成し遂げた。

トランスシベリア・エディションには、オールテレーンタイヤ、セーフティケージ、ローギアドのアクスルレシオ、強化フロントウィッシュボーン、アンダーボディガードが装備されていた。今回、試乗した車両は2005年式カイエンSで、新車時からポルシェ・カーズGBの技術トレーニングカーとして使用され、後にポルシェ・クラシック部門が買い取ったものだ。ポルシェ純正のロックレール(サイドシル保護板)とホイールが装着され、オフロードタイヤが装着されるなど、"オーバーランド"仕様は伊達ではない。



現在、今回試乗したようなカイエンのV8モデルは5000ポンドからでも狙えるばかりか、最高出力450bhpのターボでさえ1万ポンドもあれば購入できる。そして、イギリスではポルシェ・クラシックがカイエンの全パーツを取り揃えている。リアシートは大人3名が快適に座れるスペースがあり、トランクも十分な広さを持っている。そして、20年選手にもかかわらず、オンロードでもオフロードでも運転を楽しむことができた。Utility Vehicle(多目的車両)にポルシェはしっかりSportのエッセンスを盛り込んだのだ。


2005年 ポルシェ・カイエンS
エンジン:4511cc、V8、DOHC32バルブ、
可変カムタイミング、電子制御式燃料噴射
最高出力:335bhp/ 6000rpm 最大トルク:310lb-ft/ 2500.5500rpmトランスミッション:6速ティプトロニックS、4輪駆動
ステアリング:ラック&ピニオン、パワーアシスト 
サスペンション:ダブルウィッシュボーン(前)、マルチリンク(後)、
車高調整機能付きエアスプリング/減衰力調整機能付きダンパー
ブレーキ:ベンチレーテッド・ディスク 車両重量:2245kg
最高速度:150mph 0-62mph加速:6.9秒


編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom)
Words:Glen Waddington Photography:Porsche / Barry Hayden

古賀貴司(自動車王国)

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