285台しか生産されなかったレアなポルシェカイエンS特別仕様車「トランスシベリア」とは?

Porsche

今から21年前、“ポルシェがSUVを投入する”という話を聞いて登場を待ち望んだ人たちと、同社のスポーツカーメーカーとしての立ち位置を疑問に思った人たちがいた。結果として、ポルシェによるSUV「カイエン」の投入はスマッシュヒットだったわけだが、ポルシェが“実力”を見せつけたのも事実だった。

カイエンは当初から、ポルシェらしいパフォーマンスをターマックだけでなく、オフロードでも発揮することが求められていた。そして、ポルシェは2006年から2008年にかけて、過酷な長距離競技である「トランスシベリア・ラリー」という舞台を用いて、カイエンの悪路走破性を証明したのだった。



2006年、トランスシベリア・ラリーの第3回大会において、カイエンSモデルのペアがワン・ツー・フィニッシュを飾ったことがすべての始まりだった。ポルシェのエンジニアであるユルゲン・ケルンとロシア人コ・ドライバー、そしてドイツとスペインのプライベートエントリー車両が、ベルリンからモスクワ、ノボシビルスク、モンゴル、イルクーツク、バイカル湖を経由する1万キロを超える困難な道のりを経て、参加した28チームの頂点に立ったのだ。



初代カイエンのテスト・開発を生業とするカーンらは、ラリーのために2台の市販カイエンに比較的小さな改造を施しただけだった。オフロードの走破性を重視したエアサスペンション、アンチロールバー、ロックアップディファレンシャルを搭載。そのほか、頑丈なオフロードタイヤ、フルレングスのアンダーボディパネル、ルーフレベルインテークを備えたシュノーケルエアフィルター、ウインチや4つの補助ヘッドライトといったラリー用アクセサリーが追加されていた。



ゴビ砂漠での極限のオフロードや冠水路走行、モンゴルのダートトラックでのタイムトライアルなどにおいて、“標準”に近い2台のカイエンSが見せた圧倒的なパフォーマンスはポルシェ社の経営陣を動かした。結果、カスタマースポーツプログラムが拡大され、プライベートチーム向けに「カイエンSトランスシベリア」26台の限定モデルが投入されることに。そして2007年、モスクワからモンゴルのウランバートルまでの6,200キロを走破する「トランスシベリア・ツアー」に、プライベートチームが参戦することになった。

すべてのチームは独立して運営され、整備はポルシェが行った。ある車両は 20 メートルのジャンプの後、コントロール不能の状態で着地し、何度も横転。その衝撃でエンジンが車外に飛び出し、トランスミッションはエンジンから切り離された。にもかかわらず、ドライバーとコ・ドライバーが無傷で済んだのは、そもそもカイエンの堅牢であったことと、トランスシベリア向けにロールバーを備えていたことが功を奏した。

26台の“ラリー”仕様カイエンは最終減速比を短くし、加速性能を向上させていた。さらにアンダーボディの補強、ボディとドアはサイドウィンドウの高さまで水が浸入しないよう防水が施され、エアサスペンションをハイレベルIIに設定した場合、約75cmの水深まで浸水することが可能だった。また、エアインテークはルーフレベルのシュノーケルを介し、2006年にワン・ツー・フィニッシュしたカイエンと同じ仕様になっていた。

強化されたフロント・ウィッシュボーンによってトラック幅は34mm拡大し、18インチホイールには最高速度190km/hまで対応できる255/55 R18Tスペシャリスト・オールテレーンタイヤが装着された。ただ、アクスル比を短くしたため、カイエンSトランスシベリアはいずれにせよこの速度には達しなかった。なお、26台のラリー仕様カイエンは、初代カイエンのマイナーチェンジ後のカイエンSがベースとなっており、4.8lV8エンジンを搭載していた。そして2007年の気になる戦績は、トップ10のうちの7つをカイエンが獲得。

なお、2008年のトランスシベリアでは19チームが2007年と同じ車両で参戦。メンテナンスこそ施したが、特段、新しいハードウェアを用いることなく、ロシアやモンゴルの長いグラベル・セクションのために、より頑丈なオフロードタイヤが用意されただけだった。モスクワからウランバートルまでの7,000km以上を走破し、トップ10のうち、カイエンSトランシベリアでなかったのは7位のみという、前年の勝利をさらに上回る結果となった。



同年のパリサロン(モーターショー)では、トランスシベリアでの活躍を記念した特別仕様車「カイエンSトランスシベリア」が発表された。エンジンはカイエンGTSと同等の最高出力405 PS(298 kW)/6,500 rpm、最大トルク500Nm/3,500 rpmを発生。最終減速比もカイエンSの設定を15%ローギアード化して、カイエンGTSと同じ4.1:1としているため、カイエンSを上回る性能が発揮された。

また、6 速マニュアルトランスミッション仕様車(ティンプトロニックSも設定)では0-100 km/h加速タイムが0.5秒短縮され、6.1秒となっていた。ドライブトレインの改良の効果は中間加速性能により顕著に現れ、マニュアルトランスミッション仕様のカイエンSトランスシベリアでは5速における80-120 km/h加速タイムが6.6秒を達成し、カイエンSに比べて2秒短縮された。また、カイエンSトランスシベリアの最高速度はGTSと同じ253 km/hに達した。

カイエンSトランスシベリアに求められるスポーツ性を視覚的にも音響的にも引き立てているのは、標準設定されたスポーツエグゾーストシステムだった。エクステリアカラーには、競技車両と同じブラック/オレンジ、クリスタルシルバーメタリック/オレンジの組み合わせのほか、ブラック/メテオグレーメタリック、メテオグレー/クリスタルシルバーメタリックといったより控えめな配色を選択することもできた。

18インチ カイエンS IIホイール、エアインテークグリルプレート(無料オプションとしてサイドに「Cayenne S Transsyberia」のロゴを入れることも可能)、ドアミラーハウジング、ダブルプレーンタイプの固定式大型ルーフスポイラーの上部にはそれぞれのコントラストカラーが配色された。そして、ラリーカーでおなじみのオフロード専用ルーフライトも無償オプションとして設定されていた。



オプションのオフロードテクノロジー・パッケージは、ポルシェ カイエンSトランスシベリアの優れたオフロード走破性を電子制御可変式リアディファレンシャルによりさらに高めていた。スキッドプレート付き高強度ロックレール、強化されたエンジンルームガード、燃料タンクとリアアクスルに対するプロテクター、および追加の牽引フックが含まれていた。

カイエンSトランスシベリアのインテリアは、メータパネルとドアのトリム、文字盤、シートベルトやカラー縁取りのフロアマット、いずれにおいてもエクステリアとコントラストをなすような色合いが採用され、ステアリングホイールのリムはアルカンターラ仕上げとなっていた。また、コントラストカラーで際立たせた12時位置のマークもラリーカーで使用されているものと同じ。



デイリーユースのためのスペシャルモデルは、外装・内装ともに特別な存在感を放っていた。26台のカスタマー向けラリー仕様車ほど希少ではないが、カイエンSトランスシベリアはたったの285台しか生産されなかった。そんなレアなカイエンが東京・目黒区の「WANNA DRIVE」に入庫していた。2009年式で走行距離8万4000㎞、車両価格は198万円が掲げられていた。





“おおお、珍しいなぁ、週末にでも見に行ってみるかなぁ”なんて悠長なことを考えていたら、中古車販売サイトに掲載されてからたったの2日で売却済みになっていた。中古車は一期一会で早い者勝ちであることをまざまざと見せつけられた。ちょっと気になったので、カイエンSトランスシベリアの世界的な中古車流通価格を調べてみたら、198万円は「破格」と呼べるものだった。


文:古賀貴司(自動車王国) 写真:ポルシェ
取材協力:WANNA DRIVE(ワナドライブ)https://wannadrive.net/

古賀貴司(自動車王国)

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