連載:アナログ時代のクルマたち|Vol.3 AVSシャドウMk1

T. Etoh

アメリカの自動車雑誌『ロード&トラック』の1969年8月号の表紙には、日本でも有名なレースプロモーターでありレースパーツサプライヤーであったドン・ニコルスが傍らに立つ最新のカンナムマシン、AVSシャドウMk1の姿があった。AVSはドン・ニコルスが立ち上げた会社で創立は1968年とされている。ドン・ニコルスは元軍事情報将校だと記されていて、68年以前からは彼は日本のモータースポーツにおいて大きな役割を果たしていた。こうした点について記しているのは元ポルシェ、BMWなどでデザインを担当していたハルム・ラガーイで、実は彼はこのシャドウMk1を所有しレストアした体験を持っているのである。

ラガーイによればほとんど規制のない自由にマシンを開発できる環境にあったカンナムシリーズには多種多彩なマシンがその技術とアイデアを競い合う場と化していて、とりわけ1970年及び71年シーズンが面白かったという。シャドウ以外にも車両下の空気を吸い出すというアイデアを持ったシャパラル2J、2サイクルのエンジンを4基搭載したMacs it Special、それにポルシェ初のターボエンジンレーシングカーとなった917/10などが参戦していた。因みにMacs it Specialをドライブしたのは我日本の鮒子田寛であった。

Mk1のデザインをしたのはトレバー・ハリスなる人物。当時フリーランスのデザイナーとして活躍していた人物で、V8ビッグブロックエンジンを可能な限り最小のシャシーに搭載するというアイデアに賛同したドン・ニコルスが、彼にデザインを依頼したという。こうして出来上がったマシンは革新にあふれていた。



ハリスはまず通常のカンナムマシンと比較して前面投影面積を35%削減するという視点から開発を始めた。このため、パッケージは通常のカンナムマシンとはかけ離れたものとなった。異様に低い全高がそれを実現させたわけだが、そのためにはタイヤを特注する必要があった。ファイアストーンに強いコネクションを持っていたドン・ニコルスは、フロント10インチ、リア12インチという非常に小さな特注タイヤを作らせる。それ以外にもこの車に隠されたアイデアは多数あった。10インチという小さなタイヤを装着するため、役不足のブレーキを補う目的でエアブレーキが採用されていた。ただし、リアはインボードブレーキとされていたので、ホイールサイズの影響は受けなかった。また、ペダルはアクセルとブレーキの二つ。クラッチはハンドレバーによって操作された。さらにケーブルでオペレートされるギアリンケージやスリムなインダクションシステム。そして究極のレイダウンドライバーポジションなどがそれだ。また、低すぎる車高のために入りきらなかったラジエターとオイルクーラーはボディの最後端に配されるなどレイアウトも独特である。



要するにコンベンショナルなものと言えば、ビッグブロックのシボレーV8エンジンとヒューランドのギアボックス、それにアルミモノコックシャシーくらいなものであった。残念ながら車が完成する直前にカンナムのレギュレーションが変更され、すべての可動パーツが禁止されたことから、エアブレーキのアイデアが使えなくなった。また最初のエンジンテストではやはり革新的アイデアのスリムインダクションシステムが満足なエンジンパワーを引き出せないことが判明し、通常のインダクションシステムに戻されている。さらに69年終わりから70年初頭にかけて行われたトラックテスト(パーネリ・ジョーンズとジョージ・フォルマーが参加)では、究極にレイダウンされたポジションが見直され、ステアリングが大きくアップライトなポジションに変更されていたなど、実戦向きにするには革新アイデアが徐々に削ぎ落とされていったのである。そして大型リアウィングの追加も見逃せない変更であった。

シャシーは全部で5台作られている。ロード&トラックの表紙を飾ったのが69-1と呼ばれるもの。70-2と呼ばれるものがパーネリ・ジョーンズとジョージ・フォルマーによってテストされた2号車で、シャシー自体は同じ形式のものである。70-3と呼ばれる3号車はハイマウントウィングを装着してラグナセカでテストされたもの。ドライバーはジョージ・フォルマーだった。このシャシーは実際のレースにも参戦し、ラジエターやエクゾーストのポジションが変更されていた。

70-4も基本構成に変わりはない。ミッドオハイオをヴィック・エルフォードのドライブによって走ったモデルで、冒頭に記したハルム・ラガーイが所有するのはこの車である。そして70-5のナンバーを持つシャシーこそ、ロッソビアンコ博物館のピーターカウスのオーダーによって作られたものである。シャシーナンバー1と5には走行の記録はない。


文:中村孝仁 写真:T. Etoh

文:中村孝仁 写真:T. Etoh

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