静謐な世界へ|大注目のシトロエン新型C5 X Puretech180 Shine Packを本国フランスで試乗する

Shiro MURAMATSU


思いつきではない自由、融通無碍であることの楽しみ


こうした旧市場の周りには、新鮮な食材を扱うビストロやブラッスリーなど、カジュアルなランチ店が多い。人によってはランチは家族と摂るため、アペリティフだけで切り上げるが、喋り足りない人たち同士はそのまま近場の店へ、前菜やメインプレートを食しにフラリと入っていく。市場の近所にはMOF(フランス最優秀職人)クラスのパティシエやショコラティエも店を構えているので、何ならデザートまでハシゴする「ランチ・ホッピング」で、河岸を変えながらフルコースを楽しむこともできる。星付きレストランのように着席して数時間の食事を楽しむのとは異なる、オルタナティブでカジュアルな食の楽しみ方が、フランスにも広まりつつあるのだ。





いつ何時も、自分が思うままに自由にできるヴァーサタイルさは、C5 Xにも通じるところがある。パワーハッチゲートを開けば現れる荷室は、545リッター容量(PHEVは485リッター)。6:4分割でワンタッチ可倒式のリアシートを畳めば、最大1640リッター(同1580リッター)にまで拡げられる。ところがそれは、大が小を兼ねるボリュームだけが取り柄のトランクではない。奥行の長い荷室内で荷物が出し入れしやすいよう、フロアには前後方向にスライドレールが備わる。しかも高さの嵩む荷物でもハッチゲートが干渉しづらいよう、手前の開口部近くまで荷室高を十分に確保した形状なので、スーツケースのような大荷物が何個かあっても、想像以上に容易に並べられ、積み込みやすい。またハッチゲートと一緒に上へ跳ね上がるトノカバーは、閉めた際には後方視界を妨げないのに、積み荷を外部の視線からキチンと遮ってくれる。じつにスタイリッシュなリアビューでありながら、モジュール性の高い広い荷室なのだ。加えてリアシートの足元も広く、フロントシート同様のアドバンストコンフォート仕様ゆえ肉厚でクッション性も申し分ない。ただ他人を乗せて運ぶだけでなく、迎え入れるホスピタリティすらあるのだ。つまり、使う状況に応じて最適化できる用途の柔らかさが、C5 Xにはある。





ところが、C5 Xがその本領の奥深い部分を垣間見せたのは、郊外のルート・ドゥ・シャンパーニュでのことだった。PHEV版は電子制御による減衰力可変式のサスペンションを採用するが、ガソリンICE版は「プログレッシブ・ハイドロ―リック・クッション(PHC)」のダンパーを備えている。丘陵を縫うように中高速コーナーが連続するカントリーロードで、ドライブモードを「スポーツ」に入れてみた。するとアクセルの踏み込みに対するレスポンスが速まり、選択するギアも1~2速ほど低まり、2300rpm以上を保とうとする。ノーマル時には中立付近に余裕があって軽めだったステアリングが応力を増し、ギュッと締まった手応えに変わった。





ただしそれは、少し切ったら横っ飛びするような鋭さではない。ゲインのつき方がよりリニアになって、細かな調整が効くようになる、そういうフィールだ。ノーマルやエコ・モードでのハンドリングが低速域の操舵の軽さを重視する一方で、スポーツ・モードではより高い速度域でセンシティブに、精度を増すのだ。制御プログラム的には極端な変化ではないはずだが、速度や荷重変化が増すほどに高まる足まわりの躍動感や、鮮やかに伝わってくるロードホールディングの緻密さは、ちょっと比べられるものがない。コーナーから次のコーナーへ滑空するかのような、しかし時折入ってくる突き上げを穏やかに吸い込んでは姿勢のフラットさを保とうとする動きは、往年のハイドロニューマチックに少し似た感触すらある。



気になる燃費だが、今回のショートトリップの往復300kmに加え、交通量の多いパリ近郊で+700km以上、総計1100km強の距離を刻んだ中で、C5 Xはリッター14km強、高速道路だけならリッター15kmを優に超えた。車重の軽さによる負荷・負担の小ささが、全長4.8m超えの車として水準以上の好燃費を可能にしている。



並一辺倒の常識で、静かな車といえば、走らせても退屈な車を指すかもしれない。だがシトロエンC5 Xは真逆で、走らせるほどに乗り手の五感を開いて、ゾクリとさせる。静的にも動的にも乱されようのない、確かな輪郭を備えた一台だ。その柔らかな輪郭に囲われた静謐な世界は、無色透明や無音ではなく、美しい方程式のようなバランスそのもの。だからそこに身を浸すたび、つねに新たな解が、豊かな経験となって得られるのだろう。





文:南陽一浩 写真:村松史郎
Words: Kazuhiro NANYO Photography: Shiro MURAMATSU


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文:南陽一浩

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