フランスを代表する酒「アブサン」に魅了された女性の物語|アブサント博物館

Tomonari SAKURAI

ニコール・キッドマンとユアン・マクレガーの『ムーラン・ルージュ』をご存じだろうか?劇中で主人公たちが好んで呑んだお酒がアブサンだ。フランス語ではアブサントと発音する。ここではフランスを代表するお酒の文化として敬意を表し、フランス風に“アブサント”と表記する。

呑むと“緑の妖精”が見えて妄想の世界に入り込める。実際に幻覚が現れ、さらに中毒になることから20世紀初頭に禁止されたお酒だ。しかし、薬としてその製法が発見されて体に良いお酒として19世紀には人気があった。その幻覚作用から芸術家たちが好んで呑んだり、作品に取り入れたりしていた。お酒の持つ幻覚作用というだけでなく、お酒を飲むための“作法”というか“儀式”がまた独特。ニガヨモギを主原料とし透き通ったみどり色をしていることも他のお酒と違う特徴だ。

アルコール度数の平均が70%前後と高い。そのため水で割るのだが、その際に一緒に砂糖を溶かす。グラスに注いだみどり色のアブサントに専用のスプーンを載せる。そのスプーンは平たくやや大きめで、穴が開いている。そこに角砂糖を載せるのだ。専用のファウンテン(噴水)と呼ばれるウォータードリップを使ってポタポタと水を角砂糖の上に垂らす。角砂糖を溶かしながらその水はスプーンの穴からグラスへと落ちていく。透き通ったみどり色のアブサントは水が混ざることで白濁してくる。

アブサントはこの組み合わせ。専用のグラスではアブサントの適量がわかるようになっている。そのグラスにスプーンと角砂糖を載せる。小さい蛇口をひねって水を垂らす。手前の緑のポットはアブサント用で(アブサンの時間)と書かれている。動物の口先が小さくあいていてここから少しずつ水を注ぐのだ。

みどり色のお酒で幻覚を見るということから“緑の妖精”とも呼ばれているのだ。専用のスプーンやファウンテンは今でもコレクターのアイテムである。

アブサント用のスプーンは色々なスタイルがあるそのためコレクターが多くいる。このエッフェル塔のものが人気。左から3番目のスプーンはパリ博覧会の時のものと刻印されている。

そのスプーンに出会った女性がいる。マリー=クロード。彼女がある時出会った奇妙なスプーン。それがなんだか分からずに手に入れた。それがフランシス・コッポラの映画「ドラキュラ」で使用されたアブサントのスプーンだと知り、そこで初めてアブサントの存在を知った。以来、アブサントに魅了されていき、アブサントに関するモノを集め始め、挙げ句の果てに博物館までオープンしてしまったのだ。それも、ゴッホの最期の地、オーヴェル・シュー・オワーズにだ。ゴッホもアブサントに取り憑かれて身を滅ぼした芸術家の一人。彼女はアブサントについて本も出版し、今では15冊に上っている。そしてなんとついにはアブサントを製造するまでに至ったのだ。幻覚作用や中毒作用などのない成分で、アブサントはここ数年数多く再販されている。アブサントに魅了されたマリー=クロードによるアブサントは、その名も“La Fée”。妖精という意味だ。

これがマリー=クロードの出会った運命のスプーン。これを持って友達とレストアンで食事をした時に、スプーンをテーブルに置き忘れてしまった。慌ててレストランに戻るとそのテーブルに残っていたのだ。聞くとそのテーブルには日本人が座っていたという。これが日本人でなければ失くしていたというエピソードがある。運命のスプーンは日本人のおかげでもあると彼女は語ってくれた。

ご自分でプロデュースされたアブサント“La Fée”(妖精)と共にカウンターに立つマリー=クロード。

アブサントが描かれたものの多くに、その幻覚作用のことが描かれ、また中毒で命を落としたなど負のイメージが大きい。たしかしそれは事実だが、前述したように最初に世に出たときはスイスの医師によって作られたもので、19世紀に入る直前にフランスの酒造会社にその製法が売却された。健康のためのお酒として売り出され、サラベルナールや有名人を使ったポスターで富裕層向けに販売された。ところが品質の悪いアブサントが安く出回ると労働者階級が安くて酔えるお酒として浸透する。品質が悪いため幻覚作用や中毒が強く製造、販売の禁止措置が執られたのだ。そういった歴史は当時のポスターや印刷物で見ることができる。それがこの博物館で楽しめる。

アブサントの広告のために書かれたイラストなど。中央にある写真は詩人ヴェルレーヌ。アブサント好きで有名。アブサントで飲んだくれているところの写真。

エドモンド・ラフェーブルによる油絵。有名な“カフェドラペでのエレガント”というタイトル。そこで呑まれているアブサント。アブサントはエレガントだった時代のもの。

もちろん、アブサントに欠かせないスプーンのコレクションやファウンテンなどのアイテムも揃っている。小さいながらもアブサントのコレクションとしては充実しており、貴重なものもある。欧米ではコロナがもう過去のことのようになり、マスクは無し、海外旅行も以前通りとなっている今夏は、とにかくパリはアメリカからの観光客で賑わっている。このバカンス中は連日アメリカからの観光客の団体がここを訪れ、マリー=クロードも驚いている。そして、アメリカに帰ったその観光客の数名から「コレクションと博物館を買いたい」というオファーが来ているという。もちろん売る気はない。

アブサント博物館。

有毒なモノが含まれない現在のアブサントもみどり色なのは変わらない。妖精に出会えるか、ちょっと試してみてはいかがだろう?


博物館に関するその他の写真はこちらにも多数掲載。

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI

写真・文:櫻井朋成

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