車と恋に落ちてもらうために│クラシックカーを「ドライブ」することの愉しみを

Photography:Gus Gregory



見学の途中、ワークショップのマネジャーであるジョン・グレイ氏にも会うことができた。細かく気配りをもってレストア作業全般を統括する立場からか、ソフトな口調と物腰の柔らかな応対が特徴の人物で、そのあとの機械部分の組み立て室やボディワーク、スプレー塗装、組み立ての各エリア、すなわちアストン・ワークショップの中枢部を案内してくれた。どの部門もメカニックは勤勉で元気が満ちあふれていた。とくに活気がみなぎっているのがレストア部門。ここに足を踏み入れると戦前の初期型に始まりDB4、5が目に飛び込んでくるが、やはり多いのはDB6、DBS、V8だ。

どれもが様々に分解された状態か、再組み立て
の途上にあって、長い旅路に就いたばかりのものから、まだ見ぬオーナーと第二の人生を歩もうと完成寸前のものまである。

「私たちが手がけたクラシック・アストンは北ヨーロッパに行くも
のが多いですね。オランダ、ドイツ、ベルギー、スイスの人たちは本当にクラシックな車が好きですよ」とジョン。「アストン好きなイタリア人は少ないです。愛国心が強いからでしょうか」クライヴは今後の展開としてアメリカ市場に期待をかけているという。「アメリカ仕様の車を探しています。アルゼンチン仕様ならたくさんあるんですが」 海外に向けて発送直前の状態にあるDB5が私の気を引いた。外観こそ他と変わるところはないが、この車には海外で使いやすいよう膨大な数の改造が加えられているのだという。当地の気候に合わせた特製のエアコンディショナーを搭載し、パワーステアリング、ブレーキのアップデート、エンジン冷却系などが改善されていた。室内も愛犬がリラックスできるよう特殊なリアベンチ構造になっていた。こうした目で見てわかる改造のほかに、この車にはミュージアム仕様というより現代の車として日常使いができるよう仕立てられていた。
 
いわゆる「レスト・モディング」である。レストアとモディファイ
を同時に満足させる改造手法だが、今日クラシックカーの世界でも人気が高まると同時に論争の的にもなっているものだ。


 
アストン・ワークショップにとって、それは重要なビジネスであ
る。「ビジネスの拡大は喜ばしいことです。とくに左ハンドルへのコンバージョンを高く評価してくれる主要なヨーロッパの顧客に対しては。この作業はファクトリーでやってしかるべきものなんですが、やらないからといって妥協するような半端な仕事をしてはいけません。左ハンドル仕様のクラシック・アストンの市場は現在急速に拡大しています。しかしアストンマーティン社が作った左ハンドル車は2、3あるだけですから需要はものすごくあるんです。

リセールバリューにも跳ね返ってきていますね。私たちは左ハン
ドルに改造された車を見つけ出し、ファクトリー純正の左ハンドル車と同じ価値はないということを明らかにしていかなければなりません。しかし困ったことにそうした車はヨーロッパやアメリカ、中国では右ハンドル車より高い値段が付くことが多々あるんです」

「クラシックの世界が初めてという顧客もいます。彼らは最新の
スポーツカーを何台も持って、クラシックはほとんどが投資用です。そしてDB2 であれDB6 であれ、オリジナルスペックの程度のいい車を欲しがります。そういう輩は運転したらショックで失望するのではないでしょうか。力のいらないブレーキやエンジン、シャシー、快適一辺倒のパワーステアリングやエアコンなどは、私たちからすれば、ないほうがよいと思うものばかりです。私たちが美しい車を用意するのは、お客様に車と恋に落ちてもらうためで、現代的なドライブをする車と比較するためのものではありません。

彼らが私たちの車から性能を引き上げ、快適性ももっと高めたい
のであれば、私たちの前に姿を現わすなということは覚えておいてほしいと思います。昔の仕様に変えたいといっても私たちは仕様を変えることはできません。オリジナルの仕様に戻すレストアを希望する人は、自分で運転しようとさえしないコレクターが多いですね。当時のままの姿で所有してみたいという欲求は私にも理解できます。しかし私たちの車の多くは機能拡張をすでに盛り込んである、そこを評価していただいているのだと理解しています。なぜそうするかはお客様に運転していただきたいからです。偉大な古い車をかつての状態に戻してもいいことは何もありません。オーナーになった方は何を楽しめるというのでしょうか。これこそがアストン・ワークショップが存在する最大の理由なのです」

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Richard Meaden

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事