チャーチル、アイゼンハワーを乗せ、モンティ元帥が愛した「ロールス・ロイス・ファントムIII」の数奇な物語

1937年ロールス・ロイス・ファントムIII(Photography:Tim Andrew)



モンティのファントム愛
ロールス・ロイスのヒストリアンであるトム・クラークは次のように書いている。

「退職が近づくと、モンティはそのファントムIIIを入手するための方法を考えるようになった。この車とショーファーがとても気に入り、退職によってその両方と別れることが辛かったのだ。結局、陸軍省のジョン・ヘアー長官は、モンティが市場価値で車を買い取ることを認めた。それだけでなく、ロールス・ロイス社はオーバーホールを無償にすると申し出た。ロンドンの大手ディーラー・ジャックバークレーは、この交渉が行われていた1957年頃、このファントムIIIに通常の同モデルの倍もの評価をつけていたが、陸軍省は少しでも安くモンティに譲り渡すことができるよう、交渉を先送りにすることにした。」

「モンティは完全なメカニカルレストレーションを450ポンドという破格の値段でできたが、それは彼の強運によるものだ」とクラークは語っている。

1958年にモンティが退職した時、彼はファントムの対価として300ポンドを陸軍省に支払い、長くショーファーを務めたパーシーの兄弟セドリック・パーカーも、車とともにモンティ家に移った。モンティは1947年にハンプシャーのオルトンに近いウエイ川沿いに購入した自邸アイシントンミルの敷地内に、車を入れるに充分な大きさのマーレイビルディング社製簡易組み立て式コンクリートガレージを建て、ファントムを入れた。その脇の木造の小屋には、彼が戦時中、ヨーロッパの作戦で彼が移動本部として愛用した3台のキャラバンが収められていた。

1962年にセドリック・パーカーが亡くなった後、モンティは気にいったショーファーを見つけることができず、1963年にファントムを売却した。専属のショーファーがいなくなったモンティは、デイムラー・コンクエスト・センチュリーのメーカー試乗車を1954年に購入し、13年間にわたって自分で運転した。道路の中央を、イライラしながら続くドライバー達の長い列を引き連れてゆっくりと走るのが常だったという。

復活の日
1963年7月、ロンドンのディーラー、ジャックコンプトンが『AUTOCAR』誌に小さな広告を掲載した。「1937 PIII、ミュリナー製エアロダイナミックサルーン、完全修復済みのシャシーおよびエンジン、新車時よりメーカーによる経費度外視のメンテナンス、有名な陸軍元帥の元所有車。2000ポンド」

それは他のファントムIIIが売れて行くなかで、おそらくは3、4回は反復掲載されるほど売れ残っていた。走行距離34万マイル(約54万7000km)は明らかに走り過ぎであった。美人ではないが魅力的な女性、いわゆる"beautiful ugly"であるこのファントムは明らかに売れ足が鈍かった。広告は数週間にわたって続き、最後には「現在市場にある途方もなく伝説的なPIII」という説明がつき、最終的には大西洋の彼方からやってきたジョージ・ボーモントという男が購入。車はその後、数人のオーナーを転々とするが、その中にはロールス・ロイスの世界一大きなプライベート・コレクションを持つと主張する、オクラホマのコレクター兼競売人のジェームズ・リークがいた。

10年間、ファントムIIIはリークの元で展示されたままであったが、その後、サンタモニカのグッディング&Co.を通じて購入した現在のオーナー、キャサリンとヘンリー・ロベットの手で2010年にヨーロッパに戻った。ロベット・ファミリーは当初、ロードテストとワークショップリポートのためにファントムIIIをクラシック・ロールス・ロイスとベントレーのスペシャリストP&Aウッドに入庫させた。調査が進むにつれ、興味深い事実が次々と明らかになった時点でレストレーションの方向性が決定した。すべての作業はコンクール・コンディションで完成されるべきであり、オリジナルをできる限り残すことをゴールとして、入念なレストレーション作業が開始された。

必要な作業の多くは、この車の極端に多い走行距離に起因するものだった。腐食した排気システム、スラッジだらけの冷却システム、固着したユニバーサルジョイント、磨り減ったオイルポンプには新しいギアが必要、すべてのハーネスの交換。トネリコ材製のボディ骨格は危険なくらい悪化していた。すべてのボディセクション、ドア、トランクリッド、フレームワークは交換が必要だった。ランニングボードも修理と交換を要し、さらにいくつかのボディパネルはやはり作り直しが必要になった。細心の注意を払った作業の最後に、1937年にアラン・バトラーに納車された時の状態に塗装された。幸運なことに、内装のレザートリムは単に清掃程度のレストアで済み、フェイシアやキャッピングなどのウッドトリムは新しく銀製のインレイで装飾された。このレストアプロセスで、ポール・ウッドは後席窓のキャッピングに残っていた焼け焦げ跡を発見し「漂白して仕上げ直すべきだろう」とオーナーに提案した。これに対してオーナーは「絶対にやめてくれ」と答えた。

「それはウィンストン・チャーチルが葉巻をもみ消した跡なのだから!」

1937年ロールス・ロイス・ファントムIII
エンジン:7340cc、V12、OHV、
ロールス・ロイス・ゼニス・ダウンドラフトキャブレター×2基
最高出力:165bhp/3000rp
変速機:前進4段MT(2〜4速にシンクロメッシュ)後輪駆動
ステアリング:マールズ製カム&ローラー
サスペンション(前):ダブルウイッシュボーン、コイルスプリング、
ハイドロリックダンパー

サスペンション(後):リジッドアクスル、リーフスプリング、
ハイドロリックダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:サーボアシスト付きケーブル式ドラム
重量:2642kg 性能・最高速度:92mph

編集翻訳:小石原 耕作 Trascreation:Kosaku KOISHIHARA(Ursus Page Makers) Words:David Burgess-Wise Photography:Tim Andrew 取材協力:P&Aウッド(www.pa-wood.co.uk)、「8台の偉大なファントム」展(2017年7月27日〜8月2日、ロンドン)

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