オークションでイギリス車史上最高値を更新した「アストンマーティンDB4 GTザガート」

Photography: Paul Harmer and Xisco Fuster



ジム・クラークの仕事場から

羽のように軽いドアに話を戻そう。アルミの窓枠の中をアクリルガラスがスライドするこのドアを抜けると、そこが人間と2 VEVのコミュニケーションの場だ。ドアは精巧な造りで気持ちよく閉まる。背もたれの低いボタン締めのシートに腰を下ろすと、横には黒のキルティング地で覆われた太いトランスミッショントンネルが通る。シートベルトはない。

目の前には3本スポークのステアリングが鎮座する。時代を象徴するほっそりした大径のウッドリムが、細かなフィードバックを約束している。中央のバッジはアストンマーティンではなく、親会社のデビッド・ブラウンのロゴだ。その向こうのダッシュボードには、通常のDB4と同じ雲形の計器パネルが埋まっている。ただし、別々の枠ではなく、全体が黒の結晶塗装を施したひとつのダッシュボードとして形作られている。これも軽量化の一環だ。

ずらりと並ぶメーターを見ると、油圧計は最高160psiで、アストンお馴染みの高圧に合わせた仕様だ。レブカウンターのレッドラインも心躍る6000rpmである。キーをひねってエンジンを始動すると即座に点火し、ウェバー製45DCOトリプルキャブレターの6個の口とツインエグゾーストから轟音が響いた。

いよいよ、これまでに託された中で最も高価な車で走り出す。ところが1速に入れるとガリガリとひどい音がして出鼻をくじかれた。私は、1速がシンクロメッシュになったDB4標準のデビッド・ブラウン製ギアボックスだと思い込んでいたのだ。しかし、大きなシフトゲートとクラッシュ音からすると違ったらしい。4段式であるのは変わらず、高速コースのために生まれた車らしくストライドの長いギアレシオだ。

タデック・マレックが造り上げた3.7ℓのエンジンは、ブロックもヘッドもアルミニウム製で、12本のスパークプラグに2個のディストリビューターを備える。通常のDB4 GTは302 b h p だが、圧縮比を9:1 から9 . 7:1 に上げて、314bhpに高めた。非常にトルキーなので、ピットレーンから滑らかに加速してコースに出た。スナッチングも、低速域でのパワーの落ち込みもない。気難しさの片鱗といえるのは、フロントキャブレターの混合気がわずかに濃すぎて、一時的に消化不良を起こしたことくらいだ。

プラグかぶりを取るため、回転数を高めに保つよう心がけるうちに、写真撮影は無事に終わった。こうしてグッドウッドの聖なるアスファルトの上に、あり得ないほど貴重な車と私だけが残されたのである。

踏み続けるとクリーンに加速する。燃料計の針がどんどん下がっていくところを見ると、恐ろしい大食漢らしい。いわゆる"パワーバンド" に乗ったという感じでもないのに、回転の上昇と共に素直に力強く加速していく。ボナムスの保険適用内の速度を守らなければ。そう自分に言い聞かせても、どうしても踏まずにはいられない。

2 VEVは足が長く、トルクも怪物級で、吹け上がりが鋭く、車の重さをまるで感じさせない。そのすべてが抗いがたい誘惑となって、1962年に『Autocar』誌がロードテストで記録した最高速152.3mphへと私を駆り立てるのだ。M209の空力性能を考えれば、トップスピードはさらに上だろう。だが、いけない。私は懸命に自分を抑えた。

それでも、コーナーでの2 VEVのハンドリングを確認できる程度には速度を上げてもいいだろう。クラークがスピンした原因を遠くに感じられるかもしれない。スピードに乗ってセントメアリーズを抜けると、テールの流れる傾向が強まっていくのを感じる。だがそれは当然だ。レース用クロスプライタイヤを履いた1960年代のパワフルなスポーツレーサーは皆そうなのである。ただし2 VEVの場合は、剛性がそれほど高くないのかもしれない。ステアリングは即座に反応するものの、構造部がいったん歪んでから追いついてくるような弾力のある感触なのだ。

たしかにレーススピードでドライブしたら2 VEVは少々難物だろう。とはいえ過去のリザルトからして、出走したドライバーはこの小さな欠点に簡単に適応できたようだ。ただし、緊張感の漂うレースの場で、さらにスリルを上乗せする不安要素であったに違いない。

私にとっては終始スリル満点の経験だった。おかげで感覚が普段以上に研ぎ澄まされていたようだ。ブリッピングで2速に落とし、シケインを滑らかに抜ける。続くマジウィックでは、今は小さくなったバンプで、かすかではあるが歴史的に大きな意味をもつふらつきを感じた。スロットルペダルを踏みつけてラヴァントを全開で立ち上がり、その先のカーブからストレートへと加速していく。こうしたすべての光景が今も脳裏を駆け巡っている。私は2 VEVをドライブしたのだ。あの強力なエンジンを回し、あの美しいノーズがグッドウッドを切り裂いていくのをこの目で見た。2 VEVが再びサーキットを全開で駆け抜ける日は来るのだろうか。そうであってほしいと心から願わずにはいられない。

*2VEVは2018年7月13日にグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードでボナムスのオークションに出品され、落札価格は1008万ポンド(約15億円)に達した。

アストンマーティンDB4 GTザガートMP209
エンジン:3670cc、直列6気筒、DOHC、ウェバー45 DCOキャブレター×3基
最高出力:314bhp/6000rpm 最大トルク:38.4kgm/5400rpm 
変速機:前進4段MT、後輪駆動 ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、
テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):リジッドアクスル、トレーリングリンク、横置きワッツリンケージ、
コイルスプリング、テレスコピック・ダンパー
ブレーキ:ディスク 車重:1225kg 最高速度:240km/h以上 0-100km/h:約6秒


編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)
原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA
Words: John Simister Photography: Paul Harmer and Xisco Fuster

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: John Simister 

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