カリフォルニアのビーチでスティーブ・マックイーンを気取る|デューンバギーで王様気分

Evan Klein


マックイーンが座ったシート


乗り降りする際は、アクリル・スクリーンの存在に注意しないといけない。思わずスクリーンに奢られているクロームの縁の手をかけたくなるが、アクリルゆえに脆い。シートのショルダー部分に手をつき、シートの座面に足を置くことに躊躇してはいけない。シートやドア部分(ドアはないが.)に相当する内張には、キルティング加工が施された黒いノーガハイド(アメリカの人工皮革)が、フロアやトランスミッション・トンネル部分には無地の黒いカーペットが奢られている。

量産モデルとルックスも異なるが、最大の相違点はサイドブレーキの両側に配されたレバーだろう。これらは“フィドル”(いじる、という意味)ブレーキと呼ばれ、後輪左右のブレーキを独立してコントロールできるようにすることで、ドリフトしやすくなるというマックイーン発案の装備であった。

巨大なホイールを収めるために、乗員の足元スペースは狭くなっている。特にドライバーはペダルボックスも右側に大きくオフセットされているので、快適性の面では助手席の足元に軍配があがる。運転席、助手席ともにダッシュボードに配されるスチュワート・ワーナー製の計器類が一目瞭然だ。そのうちのひとつはシリンダーヘッドの温度を指し、フォルクスワーゲン・ビートルのエンジン同様、コルヴェアのエンジンが空冷であることを思い出させてくれる。

4基のキャブレターを備えた空冷水平対向6気筒エンジンは、キーを捻ると驚くほど即座に点火し、ちょっとワイルドなビートルのようなエグゾースト音を轟かせる。ロサンゼルスの渋滞に入ると、マンクスの特徴が明らかになった。ひとつ目は低回転域での走行が不得意でエンジンが愚図り、もうひとつはマニュアルトランスミッションのシフトが“曖昧”であることだ。誤操作防止機構がないので1速から2速ではなく、リバースに入りそうになる。もっとも、シフト操作はすぐに慣れるということも記しておく。

サンタモニカまでの市街地渋滞でストップ&ゴーで繰り返し、“パシフィック・コースト・ハイウェイ”として知られる州道 1号線を北上した。左手には海が広がり、前方には長くカーブした二車線の道路が伸びている。アクセルペダルをグッと踏み込むとエグゾーストノートがたちまちレーシングカーのようなけたたましい音に硬化する。巨大なリアタイヤはマジックテープのように路面をグリップして、マンクスは力強く前方に突進する。4速にシフトアップする頃には、フロントエンドが不穏なほど軽く感じられる。スピードメーターが振りきれているので、どれくらいのスピードが出ているのか分からないが、GPSをチェックすると時速70マイルくらいなら容易に達成可能であるようだ。

アクリル・スクリーン越しに風は盛大に巻き込み、速度を上げるとエグゾーストノートはかき消されてしまうほど。YouTubeで「Thomas Crown Affair beach buggy scene(トーマス・クラウン・アフェア、ビーチバギー、シーン)」で検索すると、いかに素晴らしいエグゾーストノートを轟かせるかがお分かりいただけると思うので是非、チェックされたい。マックイーンによるオーバーステア、スピン、ジャンプ、そして演技とはいえ終始笑っているフェイ・ダナウェイ…、それはそれは実にクールである。マンクスはデューンバギーゆえに砂地を“生息地”とするが、最近はビーチパトロールの監視が厳しく、我々にマックイーンのような走りは許されない。そこで誰にもあまり迷惑をかけないダートを探すことにになった。

ようやくマンクスの真価を発揮できるダートに辿り着くと、非常にクイックなステアリングでとにかく楽しいことに気づかされる。マンクスのボディ重量は最小限に抑えられており、ワイドなトレッドにワイドなタイヤを履いている。ちなみにリアタイヤは、アンディ・グラナテッリが乗っていたSTPスペシャル・インディカーと同じだ。そして、マンクスはまるで水黽が水面を滑走するように、ダートを滑走する。さほど腕に自信がなくても、マンクスを運転している間は王様のような気分に浸れる。

リアのマグホイールはワイドで同時期のインディカーと同じタイヤを履いていた。

1968年に映画『華麗なる賭け(洋題:ザ・トーマス・クラウン・アフェア)』が公開されたとき、マックイーンはすでにAリスト(一流を指す)に名を連ねていた。だが当時、劇用車の二次流通需要はほとんどなく、撮影を終えたマンクスはカリフォルニアのユナイテッド・アーティストの敷地に放置さ
れた。第二次世界大戦直後に流行ったホットロッドの先駆者であり、後にアメリカで最初のホンダ・ディーラーをオープンさせたジミー・フルーガーというハワイの自動車愛好家だけはマンクスをほしがった。そして、フルーガーによるオファーは受け入れられた。マンクスはハワイに輸送されたが、車内にはまだクレーン・ビーチでの撮影で入った砂や塩が残された状態だったという。

そんなフルーガーも、劇用車としてのマンクスに興味があったわけではなく、デューンレース用のベース車両に購入したのだった。軽量化のためにインテリアは剥がされ、コルヴェアのエンジンをフォルクスワーゲンの 2.2リッター・レース用エンジンに載せ替えた。また、日常走行にも対応できるようアクリル・スクリーンは、量産型のガラス・ウィンドウに交換され、ウィンカーも装着したそうだ。そして、フルーガーの次のオーナーもデューンレースやジェットスキーの牽引車両としてマンクスを活用し、1997年にミニ・クーパーS、ショットガン1丁と物々交換した。その時点でエンジンは不動、ボディはボロボロ、メッキパーツは錆だらけ、という痛々しい状態だったという。次のオーナー、しばらくは放置していたようだが2010年代半ば、マンクスの生みの親であるブルース・マイヤーのヴァリー・センター・ワークショップでレストアさせた。

2020年、ボナムスのアメリア・アイランド・オークションに出品され、マックイーンのファンがマンクスを45万6000ドルで落札した。この2か月前にマックイーンが映画「ブリッド」で乗ったマスタングが374万ドルで落札されていることを思い出せば、マンクスは比較的“お買い得”だったと言えるだろう。その後、落札者はフィリップ・サロムが現在、所有しているマイヤーズ・マンクス社へ連絡し、同社のコレクションにあるべきだとして譲られた。残念ながら、マックイーンが乗ったマンクスは売り物ではない。だが、フィリップ・サロムによって復活したマイヤーズ・マンクスは現在、新生マンクスのキット販売だけでなく、パワートレインがフル電動のものまでラインナップしている。

もちろん、コルヴェアのエンジンを搭載することを阻むものは何もない。



1967年式マイヤーズ・マンクス“ザ・トーマス・クラウン・アフェア仕様”
エンジン:シボレー・コルヴェア空冷水平対向 6気筒、排気量 2683cc(リア搭載)、ロチェスター製キャブレター×4基
最高出力:170bhp(推定)
トランスミッション:フォルクスワーゲン製 4段MT(トランスアクスル)、後輪駆動
ステアリング:ウォーム&セクター式
サスペンション(前):独立式、VW式ビームアクスル、トーションバー、テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):独立式、スウィングアクスル、トーションバー、テレスコピック・ダンパー
ブレーキ:ドラム式 車両重量:550㎏(推定)
最高速度:80mph(推定)


編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA(carkingdom)
Words:Mark Dixon Photography:Evan Klein
撮影協力:フィリップ・サロム、アリソン・マーリック、フレンニ・フェルナンデス、ザック・ウェガード、新生マイヤーズ・マンクス:meyersmanx.com

古賀貴司(自動車王国)

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