HYUNDAIがあえてGoodwood FoSで超スポーツバージョンIONIQ 5 Nを披露したわけ

HYUNDAI, Octane Japan

未来の自動車が目指す方向の一つが電動化であることを否定する理由は、もはやない。ただし一言でその目的を脱カーボンと表現するには、既にさまざまなコンセプトが拡がりはじめていて無理がある。いよいよEV戦国時代前夜の様相を呈してきた中で、明確にトラックユースを見据えた、ある意味初めてのスポーツバージョンがこのIONIQ 5 Nである。その重要なワールドプレミアの場所に、モータースポーツの本拠地Goodwood Festival of Speedに選んだ理由も納得がいく。



サーキット走行を強烈に意識


もしも最近、街でユニークなデザインの2ボックスカーを見かけたとしたら、それはアイオニック5という電気自動車だったかもしれない。

アイオニック5のスタイリングは、ジョルジェット・ジウジアーロが1974年に完成させたポニー・コンセプトをオマージュしたもの。直線基調なのにどこか優しく、未来感が漂っているのになぜか懐かしく思える理由も、このエピソードを聞けばなんとなく納得できるだろう。

アイオニック5 Nをはじめとするヒョンデの「N」ブランドは、ガソリン、電気、水素を問わず、「N」ならではの楽しいドライビング体験を提供することを目指している。このデザインはジウジアーロのポニー・コンセプトのオマージュだ。

ちなみにアイオニック5を作り、ジウジアーロにポニー・コンセプトのデザインを依頼したのは、韓国のヒョンデ。そう、かつてヒュンダイの名で日本上陸を果たし、2009年に一度は撤退した現代自動車が、昨年、日本市場への復帰を遂げていたのである。

ただし、14年前の“ヒュンダイ”と現在の“ヒョンデ”とでは、自動車メーカーとしての成熟度がまるで異なっている。なにしろ、その製品は世界 200ヶ国以上に輸出され、2022年には同じグループのキア(起亜)を含めて685万台近くを販売。この台数は、トヨタ、フォルクスワーゲンに続く世界第3位の規模である。

こうした急速な成長を可能にした原動力が、国際的な競争力を備えた彼らのモデルラインナップにあるのは間違いのないところ。また、近年は電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)の開発にも積極的で、日本市場ではこうしたゼロエミッションカーのみを販売する方針を掲げている。前置きがやや長くなったが、皆さんが街でアイオニック5を見かけるようになった背景には、このようなストーリーが隠されていたのだ。

そんなヒョンデが先ごろグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードでアイオニック5 Nなるニューモデルを発表した。ひとことでいえば、アイオニック5のスポーツバージョンである。

Goodwood のヒルクライムにはNブランドのアイコニック的存在としてヒョンデ i 20 N Rally 1ハイブリッドなどが出走した。ヒョンデモータースポーツの1.6リッター直噴ターボエンジンは380HPを発揮。さらに+134HPハイブリッドパワーをもつ。

Goodwood FoSにおけるヒョンデ「N」の屋上付きパビリオンの立派さに、世界に向けたヒョンデの本気を感じることができる。2階に展示されたN Vision 74には写真撮影の順番待ちが出来るほど。

ハイパフォーマンスなEVとしては、これまでにもポルシェ・タイカンやアウディ e-tron GTなどがあったけれど、その多くはラグジュアリー性を備えたグランドトゥアラーに近いキャラクターだった。けれども、アイオニック5 Nはそうした既存のハイパフォーマンスEVとは大きく異なり、サーキット志向が極めて強いのが特徴。端的にいえば、ルノー・メガーヌR.Sやホンダ・シビック・タイプRのEV版がアイオニック5 Nなのだ。

スポーツモデルを示す「N」はヒョンデのホームグラウンドというべき独ニュルブルクリンクと、ヒョンデのR&D センターが建つ韓国・南陽(ナムヤン)の頭文字に由来する。

私が知る限り、サーキット走行を強烈に意識したEVの生産モデルはアイオニック5 Nが初めて。ここに“伸び盛り”なヒョンデの柔軟な発想が加わることで、これまでにない新機軸が数多く盛り込まれることとなった。

まずスペックの概略を申し上げると、フロントとリアに搭載された2基のモーターは最高で609psの出力を発揮するが、Nグリン・ブーストという機能を用いると、これを一時的に650psまで引き上げることが可能。おかげで、0-100㎞/h加速は3.4秒を実現。最高速度は260km/hに達する。

Nモデルはベースであるアイオニック5に比べて全高で20mm低くなり、ワイドタイヤへの対応で全幅50mm拡大。ディフューザーにより装着により全長は80mm長くなり、よりスポーティなプロポーションが用意された。アイオニック5 Nは42個の追加溶接ポイントと2.1メートルの追加接着剤を備えたホワイトボディ構造の強化から始まり、さらにモーターとバッテリーの取り付け部分が強化されている。

標準で用意されるタイヤはピレリPゼロ 275/35R21になる。アルミホイールは鍛造製でバネ下質量を軽減しながら、より強力な電気モーターのトルクに耐えられるように強化されている。 

そのほかにも目新しい機能が目白押しで、たとえばNドリフト・オプティマイザーは電子制御によりドリフト角を一定に保つのをアシストするほか、Nトルク・ディストリビューションは前後のトルク配分をマニュアルで11段階に調整できるもの。さらには最大で0.6Gの減速Gを可能にする回生ブレーキのNブレーキ・リジェン、トラクションコントロールを3段階で調整できるNローンチ・コントロール、ジェットエンジンをシミュレーションしたサウンドも生み出せるNアクティブ・サウンドなどが装備される。

アイオニック5 Nに装着されるパーツ類がガレージラックのように展示されていたり、一般カスタマーの関心を引くような様々なアトラクションが用意されていたりした。

これらを「単なるギミック」として一蹴するのは簡単だ。けれども、ヒョンデのNブランドは世界ラリー選手権(WRC)に参戦して毎年タイトル争いを演じるなど、国際的なモータースポーツの世界でも通用するテクノロジーと知見を有しているのも事実で、ここで挙げた様々な機能にも単なるギミックを超えた効果というか役割が備わっているようだ。

たとえば、先ほど紹介したNアクティブ・サウンドには、ヒョンデが持つ高性能内燃エンジンのエグゾーストサウンドを再現できるモードがあって、これと8段デュアルクラッチ・トラッスミッション(DCT)の加速感を再現するNeシフトを組み合わせれば、サウンドと加速感の両面から高性能エンジン車を彷彿とする感触を味わえるという。

多くのスポーツカー愛好家は、EVモデルのドライビングフィードバックが不足していることについて率直に指摘する傾向があるが、アイオニック5 Nのエンジニアはより緻密なフィードバックを提供するために、Ne-shiftおよびN Active Sound+という機能を開発した。

ただし、これらはドライバーにノスタルジーを与えるだけの機能ではないと、同社エグゼクティブ・テクニカル・アドバイザーのアルバート・ビアマンは力説する。

「コーナリングする際、われわれは『2速のコーナー』『3速のコーナー』などと位置付けることで、コーナリングスピードの目安としてきましたが、変速機構を持たないEVではこうしたことができません。そこで私たちはNアクティブ・サウンドやNeシフトを搭載し、従来のエンジン車に近い感覚で正確にコーナリングスピードをコントロールできるようにすることを目指したのです」





アイオニック5 N のローンチにはGoodwood のリッチモンド公爵(Duke of Richmond)が立ち会った。ジェフン・チャン現代自動車社長兼CEO が登壇されたが、ユイソン・チョン現代自動車グループ執行会長も駆け付けるほどの力の入れようであった。N マネジメントグループ副社長のJoon Park 氏やヒョンデスタイリンググループ責任者のSimon Loasby氏とのインタビューでは「いかに楽しい車を作り上げたか」というテーマで話が尽きることはなかった。 

こう聞けば、EVが作る人工的なサウンドを毛嫌いしてきた方々でも、Nアクティブ・サウンドやNeシフトをちょっと試してみたいという気持ちになるのではなかろうか? Nレースも、単なるギミックとは言い切れない、スポーツEVならではの本質的な機能といえる。

ニュルを2周連続で8分を切る


EVにとって熱は極めて重要なファクターである。たとえば、温度が一定値以上に上がれば、バッテリーやモーターを保護するために性能を制限せざるを得なくなる。いっぽうで、たとえ適正な温度範囲内でも、ピークパワーを追求するのに有利な温度や、安定的なパフォーマンスを発揮させるのに有利な温度というものが存在する。

NレースはEVのこうした特性を逆手に取ったもので、たとえばスプリントモードではバッテリー温度を35℃と少し高めにして瞬間的に発揮できるパワーの上限値を引き上げ、「予選一発のタイムアタック」に適した走行を可能にするほか、エンデュランス・モードではバッテリーを25℃前後と低めに設定し、高い性能を長い間、保つことができるという。ちなみに、このエンデュランス・モードを使えば、ニュルブルクリンクのノルドシュライフェを8分以下のラップタイムで、しかも2周連続で走行できる模様。「ノルドシュライフェで8分を切るEVはほかにもありますが、2周連続で8分を切れるEVはアイオニック5 Nが唯一無二でしょう」 前述のビアマンはそうも語っている。

もっとも、こうした高性能や新機軸を実現するために、高価な素材やコンポーネントを惜しげもなく使っているかといえばそうでもなく、たとえばカーボンコンポジットの使用量は最小限に留め、ブレーキやサスペンションパーツなどもヨーロッパの名門ではなく韓国のサプライヤーから供給を受けているそうだ。「そうしないと、これまでNモデルを購入してきたお客さまにとって手が届かない価格帯になってしまうので……」とビアマンは語った。ちなみに、現時点でアイオニック5 Nの価格は未発表ながら、1000万円前後に落ち着くとの予想が大半を占める。

なお、ヒョンデのスポーツモデルを示すNは、彼らのホームグラウンドというべきニュルブルクリンクと、ヒョンデのR&Dセンターが建つ韓国・南陽(ナムヤン)の頭文字に由来するという。今後、日本でも発売される見通しのアイオニック5 N。そのサーキットでのパフォーマンスを、是非とも試してみたいものだ。


ヒョンデ アイオニック5 N
総出力:448kW/609PS(フロント:166kW/226PS リア:282kW/383PS)
ブースト出力:478kW/650PS(フロント:175kW/238PS リア:303kW/412PS)
バッテリー容量:84kWh 充電速度:350kW 充電時間:18分(10%~80%)
全長:4,715mm 全幅:1, 940mm 全高:1,585mm ホイールベース:3,000mm
タイヤ:ピレリ P- ゼロ 275 / 35R21 フロント:4ピストン 400mm リア:1ピストン 360mm+回生ブレーキ
0~100km/h 加速:3. 4秒 (ブースト時) 最高速度:260km/h


文:大谷達也、オクタン日本版編集部 写真:ヒョンデ、オクタン日本版編集部
Words:Tatsuya OTANI, Octane Japan Photography:HYUNDAI, Octane Japan

大谷達也

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