1600馬力の壮絶なGフォースを体感!ブガッティ チェントディエチの「狂気の世界」

Tim Scott

2019年、ブガッティはその110周年を1600bhpの「チェントディエチ」を発表して祝った。その記念すべきアニバーサリー・モデルが、ついに現実のものとなった。ステファン・アーチャーがその異次元ともいえる体験を綴る。



30km/hからブガッティのスロットルペダルを踏み込んだとき、私は視界から色が消えるグレイアウトという現象を体験した。

さらに数秒が経過すると、私はシートベルトに身を預けながら、自分の思考と身体を立て直そうとしていた。いったい、どんな物理量がこの車に作用しているというのだ。車のパフォーマンスは車重1トンあたり100bhpの出力があれば十分と判断されていたのは、それほど昔のことではない。では、最高出力1600bhpの車を、私たちはどう捉えればいいのか。この数値は、排気量27リッターのスピットファイア・マリーン・エンジンと比べても引けを取らない。ただし、このエンジンは地上を走るためのもので、1マイル(約1.6km)を走るのにたったの12秒しか要さないという。



これこそ、至高の自動車技術とデザインを追求してきたブガッティの最新作である。もっとも、エットーレが陣頭指揮に立っていたころのブガッティは現在とは趣を異にしていて、より繊細で、レース色が強かった。「創業者の意向がより明確だった」といってもいい。

ただし、チェントディエチ(“110”の意味)は、再興したブランドの最新章にあたるもので、そのタイミングはまさにぴったりなものだった。2021年、ポルシェとクロアチアの電動ハイパーカーメーカーであるリマックの合弁会社は、ブガッティのオーナーシップを取得。このうちの55%をリマックが所有する。また、チェントディエチが発表された2019年に、ブガッティは110周年を迎え、2022年中に限定生産される10台すべてを完成させた。ブガッティ・ヴェイロンの最高出力は1000bhpを越えるとフェルディナント・ピエヒが請け負ってから、まだそれほど歳月は過ぎ去っていなかったにもかかわらず、というべきだろう。

EB110


ブガッティの復活を告げるモデルが誕生したのは1991年のことだった。エットーレ・ブガッティの誕生110年を記念したEB110がそれだ。この刺激的なプロジェクトはイタリア人実業家のロマノ・アルティオーリによって立ち上げられたものだった。最高速度およそ340km/hで4WDのEB110は、ジャガーXJ220、マクラーレンF1、フェラーリF40などとともに“第一期ハイパーカー時代”に誕生した1台だった。 当時の『AUTOCAR』誌は「ボディが大きなXJ220よりセンスがよく、圧倒的なパフォーマンスを備えていながら普段遣いもできる」とし、「ランボルギーニ・ディアブロVTよりも軽快で、1トンあたり353bhpというパワー・ウェイト・レシオを凌ぐのは、スーパーライト・ケイターハム(472!)とXJ220(372)のみ」と評した。

さらに『AUTOCAR』誌から引用してみよう。「60mph(約96km/h)まで加速するには4.5秒しかかからないか、この段階ではまだ本領を発揮しているとは言いがたい。それもそのはず、あと5.1秒待てば実に100mph(約160km/h)に到達するのだ。動力性能でひとつだけ特筆するのであれば、30-70mph加速(約48-112km/h)の3.3秒を取り上げるべきだろう」

ライバルたちより軽く、そしてよりパワフルなスーパースポーツカーがこの世に送り出されたのは1992年5月のことだった。今日、試乗しても、4基のターボチャージャーを備えた排気量3.5リッターのV12エンジンは、街中でも驚くほど扱いやすく、スロットルペダルを大きく踏み込めば、初期のターボエンジンに特有のキャラクターが明らかになる。ガソリンが供給されるとターボチャージャーの回転数が上昇し始め、加速に伴う縦Gが穏やかに立ち上がり、刺激的というよりは調和がとれたシンフォニーのようなエンジン音が耳に届くのである。

チェントディエチ(後方)とEB110。後者にインスパイアされて前者が生まれた。対象は異なるものの、どちらも110周年を祝うために誕生した。

当時からのサテンレザーに覆われたキャビンは、ハイパーカーというよりはBMW M5の印象に近く、コントロール系もそれとよく似合っている。ギアボックスは、21世紀の規準から比べると動作が速いとはいえないが、それでも十分に扱い易い。もしもあなたの身長が180cmを超えるようであれば、運転席はやや窮屈に感じられるかもしれないが、30年前に造られた340km/h超のスーパースポーツカーがコンパクトで走りも軽快なのだから、まったくもって立派である。そしてスタイリングはセンセーショナルでさえある。いまや価格が2万ドル(約2億7000万円)を越す「動く芸術作品」はコレクターにとっても垂涎の的で、同種のモデルのなかでも特にガレージのなかで時間を過ごすのが似つかわしいように思える。

チェントディエチ


EB110は高い評価を受けたうえに、ル・マン24時間にも参戦したが、ブガッティの復活は軌道に乗らず、1998年には巨大自動車メーカーのフォルクスワーゲンが買収。これを指揮したのは、辣腕で知られるフェルディナント・ピエヒだった。

ピエヒは2005年に誕生したヴェイロンの開発をみずから指揮したが、その、文字どおりブガッティらしいスタイルは世界中から大絶賛されるとともに、8.0リッターW16エンジンを積んだパッケージングは革新的で、テクノロジー好きであれば1冊の本が書けるくらい内容の濃いモデルだった。噂によれば、このプロジェクトは1台売るごとに450万ユーロ(現在のレートで約6億5000万円)の損失が生まれたとされるが、ピエヒは長い視点でこれを捉えており、技術的な進歩とハロー効果(突出したものがひとつあると全体の評価が高まることを指す)が得られればそれでいいと考えていたのだ。

2016年に発表されたシロンはさらに印象的で、「ハイパーカーのベンチマーク」という役割をヴェイロンから受け継ぐことになった。もっとも、それはチェントディエチが公道を走り始める2022年までのことになった。いずれにせよ、これだけははっきりとしていた。「本当に世界最高のものが欲しいなら、これを手に入れるしかない」と。価格は800万ユーロ(約11億6000万円)だがすでに完売で、10台のみ生産された最後の1台が先ごろ納車されたばかりだった。

チェントディエチとEB110を並べると、ユーモラスな光景が生まれる。

そのメカニズムはシロンをベースとしているが、チェントディエチのボディは、EB110の斬新なデザインを現代的なオマージュとして再解釈したものだった。「よりフォーカスされたデザイン」と呼んでもいいだろう。車重は40kg軽く、最高出力は1500bhpを優に100bhpも上回る。これが、ヴェイロン・スーパー・スポーツを400bhpも上回っているという事実は瞠目に値する。

壮絶なGフォースを助手席で味わったあとだっただけに、運転席に乗り込むときはいつも以上に緊張を強いられた。試乗コースの大半がスイス国内だったことも、そうした傾向を助長した。キャビンは、一般的な自動車よりも洗練されていて、まるで宇宙船のよう。急角度で下降するセンターコンソールの構造体が、まるでパイロットとコ・パイロットが並んで腰掛けているかのような印象を与える。ミニマリズムとシンプルさを突き詰めた操作系は優美でありながら機能的でもある。そこに、パガーニを思わせるような“ケバケバしさ”はない。事実、キラキラと輝いてドライバーの集中力を失わせるようなものは、車のどこにも見当たらない。手に触れるすべてのものは恐ろしく高価で、開発費に糸目を付けなかったことがうかがえる。



ブガッティは一切の妥協を廃した。強大なトルクは、もはやEVやハイブリッドカーだけの特権ではないと、最新のブガッティを手に入れたオーナーは気づくことだろう。このガソリンを燃料とするハイパーカーの最大トルクは1600Nmで、アメリカで大人気の5.0リッターV8エンジンを積んだフォードF150のおよそ3倍に相当する。8.0リッターW16エンジンに組み合わされた4基のターボチャージャーは2基ずつが協力して過給する2ステージ・システムを採用しており、3800rpmまでは実質的にツインターボとして機能し、スロットルレスポンスを改善する。

これだけのパワーを生み出すには途方もない量の空気が必要となる。そこで、ふたつの巨大なエグゾーストパイプは後方に向けて排ガスを吹き出し、ブロウン・ディフューザーの効果を高めて強大なダウンフォースを生み出す。これらのパッケージングや巧妙な熱気の排出などは実に見事だが、それらを間近に見ることは期待しないほうがいい。なぜなら、オーナーはボンネットを開けようとしないからだ。いや、正確にいえば、ボンネットを開けることさえできないのだ。ここで生み出されたパワーは7速DCTを介して4輪に配分される。



人によっては、シロンよりもチェントディエチのほうが女性的で慎み深く見えるかもしれないが、いざスカートをたくし上げて走り始めれば、そうした認識が誤っていたことに気づくだろう。チェントディエチの最高速度は,電子的380km/hに規制されているが、スピードリミッターを外せば、最高速度は488km/h以上に跳ね上がる。このスピードリミッターは、単に「12秒ごとに1マイル(約1.6km)走ることが好ましくない」と見なしているだけでなく、この速度域では特別に開発されたタイヤの温度が上昇するとともに、100リッターの燃料タンクがわずか7分間で空っぽになることを考慮して設けられた。まさに、異次元のパフォーマンスというべきだ。

すべてのエネルギーを生み出す源、8.0リッター・クワッドターボW16エンジン。

したがって、チェントディエチのベンチマークとなるべき車を見つけるのは難しい。62km/hまで2.4秒で加速する性能は理解しがたいものといえる。ミシュランが手がけた専用タイヤは、特別にデザインされたホイールに組み込まれている。420mmの巨大なカーボンブレーキは、ドライバーが望むどんな制動力も自在に生み出すことが可能で、4個のキャリパーに設けられたピストンは合計で28個にもなる。このチタニウム製キャリパーは、通常の機械加工では作り出せない形状で、その製作には3Dプリンターが用いられる。シャシーに採用されたテクノロジーも極めて洗練されている。ドライバーは、街乗りからサーキット走行までに対応する4つのドライビングモードから選択できるが、これらはダンピングレート、車高、エアロダイナミクス、パワーステアリング、パワートレインなどを連続的に制御し、凶暴なパフォーマンスを安全に発揮できるように配慮されている。

この車は最大で1.6Gを生み出せるが、ステアリングを握っているとそんな気配はまるで感じられず、振動も一切伝えない。チェントディエチは決して幅の狭い車ではなく、車重も2トン近くあるが、それでも常に完璧にコントロールされているという以外、なんの印象も与えない。グリップの限界などは、その片鱗さえ認められないことだろう。



ただし、だからといって車が本来備えている魂までもが失われてしまったわけではない。なにしろ、ブガッティの数あるモデルのなかでも頂点に君臨する性能を実現しているのだ。

したがって、運転している間は常に、自分が特別なハイパーカーに乗っていることを実感できるはずだ。しかも、ステアリング上のスタートボタンから、このうえなく正確な反応を示すギアセレクターに至るまで、車とのコミュニケーションは文字どおり完璧。これらは、チェントディエチがなによりもまずドライバーズカーであることを示している。

最大の問題は、この車をどこで走らせるのか、という点にある。別に500km/hを出すわけではなくとも、車にとって幸せな環境というものがあるはずだ。往年のブガッティは、現在よりもはるかに長いコースを舞台とするグランプリ・レースで傑出した成績を残していた。したがって、チェントディエチも当時を彷彿とさせるクラシックコース、差し詰めオリジナルのスパ-フランコルシャン、ペスカーラ、ル・マンといったサーキットが似合うだろう。

ブガッティの伝統を生み出したのは、イタリア(エットーレの生まれ故郷)、フランス(エットーレが暮らし、車を生産した国)、そしてドイツ(エンジニアリングのバックグラウンド)といった国々だった。これら3ヶ国の粋を結集して誕生したチェントディエチが自動車史に残る名作であることは、疑う余地がない。しかも、ブガッティのデザインとしては、オリジナルEB110に続く美しいモデルといっていい。それは、ドラマティックでありながらピュアなスタイリングだ。



「公道を走るレーシングカー」というべきアストンマーティン・ヴァルキリーを別にすれば、チェントディエチを「内燃機関を積んだ自動車の最高到達地点」と位置づけることになんの躊躇も覚えない。おまけにチェントディエチはヴァルキリー以上に控えめで、質感が優れていて、純粋で、希少性が高い。しかも、扱い易さと凶暴なまでのパフォーマンスが同居している。まさに、非日常の極み。もはや二度と現れることのない至宝と呼ぶべきだろう。


2022年ブガッティチェントディエチ
エンジン:7993ccW16、DOHC(各バンク)、ターボチャージャー×4基、電子制御式燃料噴射+エンジンマネージメント
最高出力:1600bhp/ 7000rpm 最大トルク:1600Nm/ 2000.6000rpm
トランスミッション:7速デュアル・クラッチ・オートマチック、4輪駆動、LSD(後輪)
ステアリング:ラック&ピニオン、パワーアシスト
サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、アダプティブダンパー
ブレーキ:カーボンセラミック・ディスク 車重:1976kg
最高速度:380km/h(電子式スピードリミッター作動)
加速性能:0-100km/h:2.4秒、0-200km/h:6.1秒、0-300km/h:13.1秒


編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI
Words:Stephen Archer Photography:Tim Scott
取材協力:パール・コレクション

大谷達也

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事