映画『007』に登場した2CVの乗り心地は? シトロエンの秘蔵コレクションに一気試乗

Octane UK

この2CVは映画007シリーズ『ユア・アイズ・オンリー』に登場したスタントカーだ。シトロエンの膨大なコレクションを保管するコンセルバトワールで、マシュー・ヘイワードは幸運にもこの2CVを運転する機会を得た。



高校生の頃、私の担任はシトロエン2CVで通勤していた。ティーンエイジャーはとても残酷なので、多くの同級生は可愛らしい2CVを見ては担任をからかっていたが、私は“車オタク”だったので、大きな007のステッカーとフェイクの弾痕が特別な車であることを理解していた。子供の頃、映画007シリーズ『ユア・アイズ・オンリー』でのカーチェイスを再現しながら、ここにある2CVの1/18モデルを散々壊したものだ。

そんな車が今、目の前に鎮座していた。よく見ると、ロールケージもついている。ユア・アイズ・オンリーに登場した、2CVのスタントカーである。

この2CVは映画007シリーズに登場したスタントカーで、オリジナルよりパワフルなGSの空冷フラット4エンジンを搭載している。…映画では逃げ切れなかったが。

シトロエンの膨大なプライベートコレクションであるコンセルバトワール、実は初めて訪れた。私のようなシトロエニストにとっては、涅槃の地と呼べよう。集まったジャーナリストたちのために、ボンド2CVのほか、トラクシオン・アヴァン、メアリ、2CV「スポット」、SM、そしてBXなどを用意してくれた。ロケ地はパリの郊外、天候は北ウェールズのようだが、この車に対する私の熱意が冷めることはない。シトロエン・コンセルヴァトワールのエキスパート、ドゥニ・ユイユからキーを渡された。



「キーを渡された」と書いたが、それはもちろん比喩的な意味で、実際にはエンジンを始動させるために隠されたノブやスイッチを複雑に操作する必要があった。些か不機嫌そうに目覚めると、排気音はこれまで耳にしたどの2CVよりも威嚇的に感じる。伝説のスタントドライバー、レミー・ジュリエンヌを満足させるために標準の2気筒から、よりパワフルなシトロエGSの空冷フラット4に載せ替えられたそうだ。2速、3速、4速と、2CVとは思えないほど軽快に吹け上がる。コーナーに進入するとエンジン載せ替えによるノーズの重量増が目立つが、スペインの田舎町でプジョー504をぶち抜くことは容易だろう。運転するのも楽しいが、なんといってもコンディションがいい。レストアされているわけではなく、映画のセットで運転されたままの状態で保存されている。

当該車両の弾痕はちゃんと穴が開いている。

次に乗ったのはアヴァンギャルドの代表格、SMだ。SMはマセラティのV6エンジンを搭載していただけでなく、当時としては最も技術的に進んだ車であった。ゴージャスなブラウンの個体は、後期の電子制御式念用噴射装置を搭載したモデルで、超レアで高価なカーボン・レジンホイールを履いている。キャラメル色のベロアシートに身を委ねれば、エキゾチカそのもの。エンジンをかけると予想以上にオフビートな音が轟き、油圧サスペンションが文字通り“立ち上がる”まで数秒かかり、まるで生き物に接しているような感覚になる。

マセラティV6エンジンが5速MTと組み合わせられているシトロエン車で、この世の車とは思えないスタイリングが今でも新鮮なSM。



DS譲りの油圧式サスペンションに加え、ステアリング操作の速度などに応じ、油圧で操舵力を変化させるという独自のパワーステアリング機構、DIRAVI(Direction à Rappel Asservi)ステアリングが搭載されていた。また、ステアリングはヘッドライトと連動しており、進行方向に沿ってヘッドライトの照射場所が可変する。油圧ブレーキは独特な操作感だがシャープで、踏み込み量や踏み込みスピードに慣れるとしっくりくる。



2CVでは満喫できたテストコースが、窮屈に感じられた。無理もない。この車は、高速道路で長距離をハイスピードで移動するために生まれている。スタイリッシュで、高性能で、運転しやすく、そしてなによりも快適な車である。

SMは何もかもが非日常的でまるで宇宙船に乗っているかのようだった。その点、BXに乗ると、地上に戻ってきた雰囲気が漂う。1982年から1994年にかけて200万台以上が生産されたこの車は、シトロエンを救った車である。スタイリングを手がけたのはマルチェロ・ガンディーニで、それまでのシトロエンよりはるかにオーソドックスなデザインで、コスト管理に厳しいプジョーの経理部員たちを満足させることができた。奇抜なハイドロニューマチック・サスペンション、一見“オカシイ”が実は論理的な設計がなされているインスツルメントパネルなど、シトロエンブランドの往年のファンたちを納得させるだけのDNAを残し「ドライブを愛し、ガレージを嫌う」というスローガン通り、信頼性を約束した。BXの大きなアドバンテージは、非常に軽いことであった。最もベーシックなモデルで800kg台前半という驚異的な軽さを実現していた。

対するBXは同時期のフォード・エスコートやVWゴルフなどとは一線を画し、“癒し系”な乗り味が魅力。

そもそも、私が車に興味を持つようになったのはBXがきっかけで、通算4台所有した。今回、初めてMk1モデルを運転したが、非常に珍しい「Digit」エディションだった。ダッシュボードとトリップコンピューターは完全にデジタル化され、指先の操作とロッカースイッチですべて完結する。



ボンネット下には205 GTIのものに近い、マイルドでスポーティなキャブレター式1.9リッターエンジンが収まっている。トルクフルでありながら、エンジンは喜ぶように回転を上げる。ボディロールは大きいが、シャシーの応答性は高く、足取りも軽い。SMと同様、BXにも強力な油圧式ブレーキが装備されている。繊細な足さばきが要求されるが、シトロエン乗りとしては実に心地良い。リムジン並みの快適性を実現させているのは、今でも信じられないほどだ。新車時のBXは消費者をさぞ驚かせたことだろう。

シトロエン車は賢い技術のパイオニアであるだけでなく、真の魂を持った車でもある。そんなことを体感した一日だった。シトロエンがなかったら、この世はつまらないものになっていただろう。


編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation: Takashi KOGA (carkingdom)
Words: Matthew Hayward

古賀貴司(自動車王国)

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事