ジェームズ・ボンドがステアリングを握った車といえば、アストンマーティンやロータスが思い浮かぶだろうが、ほかにも様々な車が活躍している。007が常に敵の一歩先を行くことができたのは、ボンドカーがあったからこそだ。
ジェームズ・ボンド。別々に見ればなんの変哲もない名前だが、それが組み合わさった途端に様々なイメージが浮かんでくる。冒険、陰謀、そして闇……。私たちの心の中にこれほど明確なイメージを刻み込んだキャラクターはいない。世界征服をたくらむ悪をくじくヒーローならごまんといるが、ジェームズ・ボンドはそれをスタイリッシュにやってのけるのだ。
気障ないい方だが、すべての女は彼を求め、男は彼になりたいと望む。美女も、秘密兵器も、そして素晴らしい車も我が物とするタキシードに身を包んだアンチヒーロー、誰もが憧れるこの絶妙な取り合わせによって、007シリーズは永遠に止まらないジェットコースターのように50年以上にわたって続いてきた。その間にボンドを演じた俳優は6人に上り、1990年代前半にはしばらく途絶えた時期もあったが、『007スペクター』で実に24作目となる。
今回の主役は、ボンドによって有名になった車だ。まずは、イアン・フレミングによる第1作、1953年出版の小説『カジノ・ロワイヤル』までさかのぼってみよう。ボンドの車に関する趣味のよさは、このときすでに確立している。最初の愛車は、1930年型ベントレー4 1/2Lブロアーで、これは3本のシリーズで使われ、さらに1953年マークVIも登場している。
その後、フレミングは映像権を映画プロデューサーのアルバート・"カビー"・ブロッコリとハリー・サルツマンに売却。映画化によって、007の"アクセサリー"が形となった。映画第1作の『ドクター・ノウ』に主役級の車は登場していないが、ボンドがサンビーム・アルパイン・シリーズ 2を見事に操るシーンがあり、その後を予感させている。
アストンマーティンDB5
『007/ゴールドフィンガー』/1964
「イジェクター・シートだって?! 冗談だろう!」と驚く007。「仕事で冗談は言わん」と真顔で答えるQ。『007/ゴールドフィンガー』のこのユーモラスなシーンこそ、ボンドとQ、そしてMI6のアストンマーティンDB5が、ポップカルチャーに確固たる地位を築いた瞬間だった。
『007/ドクター・ノウ』と『007/ロシアより愛をこめて』も興行的には成功だったが、1964年公開の本作によって、007シリーズはさらなる進化を遂げる。ショーン・コネリーが演じるボンドの魅力はそのままに、世界各地を舞台にするスケール感と、Q課による秘密兵器や改造を施したアストンマーティンなど、おなじみの要素が加わったのだ。
当時イギリスは戦後の貧しさからほぼ抜け出していたが、『007/ゴールドフィンガー』の世界は、大衆にとって目が眩むほどエキゾティックな品々であふれていた。その最たるものが車だった。美術監督のケン・アダムが DB5を選んだのは、それがたまたまイギリス車の中で最新のスポーツカーだったからだ。しかし、これが見事に嵌った。映画では、MI6のQことブースロイド少佐(デズモンド・リュウェリン)が、ヴィンテージ・ベントレーは「引退だ」とボンドにあっさり申し渡し、その代わりとしてDB5に引き合わせる。
これが度肝を抜く車だった。あれほど大きく扱われれば、アストンマーティンもさぞ喜んだことだろう。原作にはアストンも秘密兵器も登場しない。製作チームは、発売前だったDB5のプロトタイプを与えられると、さっそく数々の秘密兵器を考案する仕事に取りかかった。そして6週間後には、今に至るまで多くの人々に愛されているあの車が完成したのである。
都会的なDB5は、ファッショナブルでミステリアス、そしてどこか危険な雰囲気が漂うコネリー演じるボンドにぴったりだった。とはいえ、高級ゴルフ場の駐車場でも浮くことはない。アルプスを行くつづら折りの道では、オーリック・ゴールドフィンガーが乗る1937年ロールスロイス・ファントムIIIセダンカ・ド・ヴィルを追跡しながら、ティリー・マスターソンのフォード・マスタングと危険な駆け引きを演じている。
今でこそおなじみのマスタングだが、1964年当時は、カーナビゲーションのような追跡用ビーコンと同じくらい目新しいものだった。DB5同様、マスタングも発売されたばかりだったのだ。ヒルマン・ミンクスやモーリス・オックスフォードに乗っていた平均的なイギリスの映画ファンにとっては、手の届かない高嶺の花だった。もし、ゴールドフィンガーの工場に乗り込むボンドの車がフォード・ゾディアックだったら、誰にも相手にされなかっただろう。
撮影には2台のDB5を使用。1台は実際に秘密兵器を装備し、もう1台は標準仕様のままだった。撮影終了後にもう1台、すべての"ガジェット"を再現した車が宣伝用に造られた。こうしてDB5は、「世界で最も有名な車」として知られるようになる。そして、続く『サンダーボール作戦』でも、このキャッチフレーズに恥じない活躍を見せるのである。
編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Paul Hardiman Photography:Ashley Border, Simon Clay, Paul Harmer
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