車と音楽の心地いい時間に関する考察

Photography: Ken TAKAYANAGI

人は自動車という移動空間に、音楽を必要としてきた。それは1930年代初頭にはすでに自動車にラジオが搭載されたことからも明らかだ。当初AM放送の受信機能しかなかったそれは、やがてレコードを車載するという冒険期を経て、自分で聴きたい音楽を聴きたいときに楽しむための進化を続けた。4トラック、8トラックのカセットデッキ、 CDやMDへの変遷。今ではあらゆるものとコネクトしたエンタテインメント空間へと変貌しつつある。





もう数年前のことだが、カー・ガイとしてもよく知られる著名なミュージシャンの方に、カーライフと音楽についてインタビューさせていただいた。おすすめのドライブルートを伺うと、今も昔も「夜の国道16号線」だそうだ。国道16号線は横須賀、座間、福生といった米軍基地のある街をつなぐ主要幹線道路だが、四半世紀以上前まではハウスと呼ばれる軍関係者が居住するアメリカ式の木造家屋の集落が点在し、英語の看板を掲げたカフェの立ち並ぶ光景が見られたそうだ。横須賀出身の若かりし日の氏にとって、お気に入りの音楽をかけながら、仲間と一緒に走る16号線の夜はそれだけで十分に週末だったし、心が踊る時間でもあったそうだ。



ところでそのインタビューはさまざまな業種のクリエイターにお気に入りのカーミュージックを選出いただくことを目的としたものだった。セレクトしてくださった楽曲は主にスウィートソウルだったと記憶している。自身の名を冠したバンドの楽曲の多くも、まさにメロウグルーヴをベースにしたロマンチックなナンバーが多い印象だが、曰く「若い頃、助手席に女の子を乗せたら決まってメロウな曲を流したもの。不良を気取った女の子たちは本当はセンチメンタルでロマンチックな雰囲気を求めていた」からだそうで、「結局一人で乗る時もゆったりとした夜のドライブにはメロウグルーヴが気持ちいい」と話してくれた。





友人が1959年製のポルシェ356Aを手に入れたというので、芝浦の『The Motorist Café Superracer』で会おうということになった。店の前に横付けにされた356はオリジナルに忠実というよりも、「REST MODが好き」と公言する彼のスタイルのままに、現代的でスタイリッシュに仕上げられている。驚いたのはその”現代的”な仕上げとはエンジンのライトチューンにはじまり、エアコンの設置から、ダッシュボードにモニターを埋設し、アップルのカープレイをインストールするまでに及ぶ。エアコン装備の356というだけでも稀有だと思うが、液晶モニターがビルトインされ、iOSのアプリケーションリストが映し出されるなんて、356のノスタルジックなルックスからは想像もつかないだろう。本人は多少恐縮しながらも「いっそ乗るのなら快適な方がいいからね」と笑っている。デジタルテクノロジーの業界にいる彼ならではのクラシックカーと音楽の結節点はやはりデジタルテクノロジーだということに妙に納得してしまう。





結局、『The Motorist Café Superracer』で僕たちは一服というには長すぎる3時間近くを過ごし、納車されたばかりの356Aで夜のドライブに出かけることになった。乗り込むと確かにグラブコンパートメントのリッドが改造されて、モニターが埋め込まれ、そこにはアップルカープレイのアプリケーションが並んでいる。聞こえてくるのはリー・モーガンのサイドワインダーだ。クラシックポルシェとデジタルガジェットとジャズというなんともチグハグな組み合わせだが、楽しい時間であることに違いはない。



車と音楽、そして気の置けない仲間との時間をもてることがいかに贅沢なことかを考える。前出のミュージシャンの方とは以来何度かイベントなどでお会いしてはお話しさせていただいているが、やはり車と音楽という共通項があることが人との距離を縮めてくれていることは確かだ。件の友人とは実は直接会ったのは数年ぶりだと思う。それでも他愛もない話で数時間を共にできるのは、そこに共有できる価値観があるからに他ならない。

356Aで芝浦をクルージングし『The Motorist Café Superracer』に戻る。店外のウッドチェアに腰掛け一服する時間は当然、至福の時間だ。

『The Motorist Café Superracer』
TEL: 03-5484-3403
http://www.ne.jp/asahi/motoristcafe/superracer/
https://www.facebook.com/cafesuperracer/


文:前田陽一郎 写真:高柳 健 協力:『The Motorist Café Superracer』
Words:Yoichiro MAEDA Photography:Ken TAKAYANAGI Location: 『The Motorist Café Superracer』

文:前田陽一郎 写真:高柳 健 Words: Yoichiro MAEDA Photography: Ken TAKAYANAGI

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