レーシングデザインの理想的なクーペの誕生│BMW モータースポーツ社の歴史

RM Sotheby's

70年代初頭、BMWは新たな時代の幕開けを迎える。エバーハルト・フォン・クーンハイムが率いる新しく若き取締役会は、BMWがほしいままにしている成功を戦略的に推進させる任務に取り組んでいた。この任務には、かの有名な「フォーシリンダー」ビルと呼ばれる新しい本社ビルの建設や、モータースポーツを扱う独自の会社の設立が含まれていた。ロバート A. ラッツは次のようにも語っている。「会社が経済的に急成長している最中も、BMWでは常にスポーツが原動力として一定の役割を担っていました。そのため、モータースポーツに集中的に取り組み、強化を進めるのは当然のことです」。

実際、その時点に存在したニーズや未開拓のビジネスチャンスは、従来のモータースポーツ部門が対応できる範囲を大きく超えていた。1800 TI、2000 TI、そして02シリーズはレーシング・カーとして多大な人気を誇り、連戦連勝が約束されていた。しかし、BMW自社だけではニーズのほんの一部しかカバーすることができず、車両の大部分はチューニング・メーカーが組立て、営業、販売を行っていた。すでに60年代半ばからBMWはフォーミュラ2に参戦していた。何年もの間、BMWの高性能エンジンは他のチームの追随を許さず、数多くのレースやヨーロッパ選手権でBMWによる勝利がその栄光のシーンを彩っていた。



そこで、モータースポーツに関わるこの状況を解決すべく、1972年5月1日にBMWモータースポーツ社が設立されたのだ。当時、35人のスペシャリスト・チームを率いたのはヨッヘン・ニーアパッシュ。彼は、かつてのポルシェ・ワークス・ドライバーであり、ミュンヘンに移る前はケルンでフォードのレーシング・マネージャーを務めていた。ニーアパッシュは、その後何十年にもわたってBMWモータースポーツ社の気質を培うことになる優秀なレーシング・ドライバーたちを直ちに集めた。クリス・エイモン、トワン・ヘゼマンス、ハンス=ヨアヒム・スタック、ディーター・クエスター、そして、ラリー・ドライバーとしてビョルン・ワルデガルドとアヒム・ヴァルムボルトという錚々たる顔ぶれだ。



新会社は、数カ月後には自社の社屋に入居する。主力工場に程近い、ミュンヘン/プロイセン通りの8000㎡を超える広大な敷地に、レーシング・ワークショップ、レーシング・エンジン組立て部門、工具製作部門、エンジン・テストベンチが設置された。そこで、1973年用のレーシング・マシンが誕生した。950kgに軽量化された、2リッター、4バルブ4気筒、最高出力240psのラリー用の2002である。

さらに、新しいツーリングカークーペが生まれたが、この車についてヨッヘン・ニーアパッシュは当初、「1973年は私たちにとってスタートの年であり、今回のヨーロッパ選手権で勝てる保証はありません」と述べていた。

オクタン日本版編集部

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