骨折したままレースに挑んだ ?! │キャロル・シェルビーと一台のフェラーリ

Photography:Ingo Schmoldt

この記事は『過小評価されている?頂点に君臨するフェラーリの歴史に残るヒストリー』の続きです。

キャロル・シェルビーが1955年のセブリング12時間レースに出場したとき、彼の腕はギプスで固定されていた。スポーツ・イラストレーテッドの1957年3月25日号で、シェルビー自身がその理由について語っている。

「1954年のパン・アメリカン・ロードレースのことを覚えているかい? 小さなオースティンで出場したオレは、2日目に総合の3番手まで浮上していた。前を走っていたのは(ウンベルト)マリオーリと(フィル)ヒルさ。このとき、ちょっと欲が出たんだ。とにかくペースをメチャクチャに上げてふたりを追い上げようとしたところ、コーナーで車を横転させてしまってね。このときラッキーだったのは、車がたまたま転がっていった先がウォールに囲まれた場所だったこと。それがなかったら、ガケから真っ逆さまだったはずさ。ところがウォールが車を停めてくれたんだ」



「大破した車のなかで、オレは左肘を骨折した。そのときあんまり痛いと思わなかったのは、おそらくショックを受けていたからだろうね。ところが、すべての車が通り過ぎるまで、オレは道路の上で6時間ほども寝っ転がっていなければいけなかったんだ。そのあと、メキシコの救急車でプエブロにある病院まで運んでもらったんだけれど、あのときほど車に乗っていて奇妙な体験をしたことはなかったね」

この結果、なにが起きたのか? 骨折がひとりでに治った?シェルビーが語る。「これに続く4つのレースに、オレはギプスをつけたまま出場した。そのうちのひとつが、アレン・ギバーソンのフェラーリでエントリーした1955年のセブリングなんだ。このとき、最初はフィルとオレが優勝したと聞かされたんだけれど、ヤツラはすぐに態度を翻らせてDタイプをウィナーとしたのさ。このとき、かかりつけの医者は石膏のギプスでオレの腕を固定していた。でも、スタート前に別の医者を呼んで、もともとのギプスを外して、軽いものに変えてもらった。まず手をステアリングホイールに載せて、そこにファイバーグラスみたいに素早く固まる素材を塗りつけたんだ。もちろん、それなりの金は払ったよ。あとで肘を治すのに、医者はオレの脚の骨を切り取って使わなければいけなかった。いま、ゴルフがあまりうまくないのは、その影響さ」

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words and Photography:Ingo Schmoldt

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