4シータースポーツの魅惑│マセラティ・グラントゥーリズモの最終章を飾る一台に試乗

Photography: Kazumi OGATA

セダンのようにフォーマルな使い方が似合うわけでもない。SUVのように明るい休日の香りが漂うわけでもない。なのにどうしても大柄なファストバック・スタイルのクーペに強く惹かれてしまうのは、きっとそれが“道具”としてではなく、あくまでも“嗜好品”として生み出された存在だから、なのかも知れない。スマホは確かに便利だし、それひとつあれば時間も当たり前に確認できるけど、時を慈しむためのモノとしてスマホを愛する人などいない。けれど、手巻きのメカニカル・ウォッチの針をチラと見たり竜頭を指先で摘まんだりしてるときには、何ともいえない格別の充足感を覚えたりする。つまりはそういうことなのだろう。

ここに2台のクーペが並んでいる。1台は生産が終了し、12年の歴史の最終章を飾ったモデル。マセラティ・グラントゥーリズモMC。もう1台は誕生してからまだ2年の伸び盛りで、そこに加わった最新ヴァージョン。アストンマーティン・ヴァンテージの7段MT仕様。この2台、車格がおおまかに同じということ、そしてファストバックのクーペであること以外に、実はそれほど共通項があるわけじゃない。生まれた国も違えば誕生した世代も違い、見ている方向も違えば心に伝えてくるものの種類も違う。けれど、決定的に似た部分がある。解っているのに噎せ返りそうになるほど濃厚で、身構えていてすらあっさり心が鷲掴みされるほどの刺激に満ちている、というところだ。



意味もなくボクシングに例えるなら、僕はこの日、強烈なボディ・ブローとハートブレイク・ショットとテンプルへの一撃を2台から立て続けに見舞われて、ノックダウンさせられたような気分だったのだ。

勇退することに経緯を表して、先にグラントゥーリズモMCのプロファイルについて触れることにしよう。


単にカーボンファイバーを追加してスタイリッシュにしたのではなく、ドライビングエクスペリエンスを向上を目指しており、空力やサスペンションの改善までが為されている。


ロードカーの歴史をA6 1500という美しいクーペからスタートさせたマセラティは、それ以降ほとんど途切れることなく、フロント・エンジン+後輪駆動の魅力的なクーペを作り続けてきた。3500GT、5000GT、セブリング、ミストラル、メキシコ、ギブリ、インディ、カムシン、ビトルボ・シリーズ、シャマル、3200GT、クーペ・・・。多少なりともマニアックな車好きであれば、いくつかは名前を聞いたことぐらいはあるだろう。

けれど、昨年の12月にグラントゥーリズモの生産が終わったことで、その流れにもひとたびピリオドが打たれることになった。今年の9月に“MC20”と呼ばれている新しいスポーツカーを発表することがアナウンスされているのだが、そのテストカーから透けて見えるメカニカル・レイアウトは、どう見てもミドシップだ。フロント・エンジンのマセラティ製クーペは、もしかしたらこのグラントゥーリズモが最後になってしまう可能性だってあるのだ。

2007年にデビューを飾ったグラントゥーリズモは、そのコンセプトを、名前がそのまま示している。グラントゥーリズモ=グランドツーリングカー、だ。マセラティのクーペは代々、一部を除けばすべてGTカーとしての色合いが強いといえるけど、ストレートなネーミングをわざわざ採用したのは、このモデルがマセラティ初のフル4シーターといえるクーペであることと決して無縁じゃないだろう。




グランツーリズモS MCスポーツラインは、MC内外装ともにカーボンを「これでもか!」とフルに奢った特別仕様だ。具体的にエクステリアは、ボンネット、ドアミラー、ドアハンドル、リアスポイラーほか、またインテリアではサイドシルプレート、ダッシュボード、メーターナセル、センターコンソールほか。


開発にあたっては5代目クアトロポルテがベースになったようだが、ホイールベースをセダンよりは縮めてるとはいえ先代というべきクーペ(と3200GT)よりも280mmも長く採り、大人4人がさほど窮屈でもなく収まっていられるだけのスペースを確保しているのだ。

ちょっとマジカルに思えるのは、その4座レイアウトがせいぜい2+2ぐらいにしか思えないスタイリングの中に成立していることだ。見る角度によっては物凄くフロントが長くてリアが短い車に感じられるのだが、それはデザインの妙というヤツ。じっくり眺めていると、フロント・セクション、Aピラーの位置と角度、ルーフのライン、リアピラーの角度……という流れの作り方が巧みであることが判ってくる。見ている者の錯覚を誘うのだ。

ルックスとリアシートに座ってみたときのギャップがこれほど大きな車は、他にないだろう。それにも増して凄いのは、デビューから12年以上が経過してるのに見飽きたような感じが一切せず、今もパッと見からして“カッコイイなぁ……”と思わせるところだ。デザインを担当したピニンファリーナは、もっと賞賛されるべきだと思う。


フロント・ミドシップにレイアウトされているパワーユニットは、マラネロ由来の自然吸気V型8気筒で、2001年以来、ずっとマセラティを支えてきたエンジンだ。ティーポ136、である。フェラーリのF430と458、カリフォルニア、そしてアルファ8Cコンペティツィオーネも、これをベースにしたエンジンを搭載していた。このティーポ136だけで記事のひとつぐらいは作れてしまうくらいヴァリエーションが豊富で、愛されてきたエンジンだ。


跳ね馬の血を受け継いだこのエンジンだけでも「買い!」である。90度の4.7リッター DOHCV型8気筒自然吸気ユニットは最高出力460ps/7000rpm、最大トルク520Nm/4750rpmを発揮する。


マセラティ用としては当初は4.2リッターからスタートしたが、2008年には4.7リッター版が登場し、2017年以降のグラントゥーリズモはすべて、その4.7リッター版の最終進化形といえるチューンのものを搭載している。最高出力は460ps、最大トルクは520Nmで、ZF製の6段ATと組み合わせられている。ティーポF136のシリーズではフェラーリ458スペチアーレ用に開発された4.5リッターの605ps仕様というのが最強版。460psというのはマセラティ用の最強版ではあるが、そのスペックにしてもギアの段数にしても、そこだけ見るならちょっと前時代的と思われるかも知れない。


最後の限定車(全国限定12台。グラントゥーリズモ MC 9台、グランカブリオ MC 3台)。次にこのモデル名はEVとして継承されていくという。このエンジンを自分のものに出来るのも今のうちだ。


ちなみに今回のグラントゥーリズモ“MC”は、標準モデルとは異なり減衰力可変ダンパーのスカイフックを持たず、モノレートのダンパーを採用してよりスポーティなセットアップを施してあるモデル。試乗車は最後のプレスカーだからなのか、エンジンフードをはじめとしてあらゆる部分にカーボン・パーツが奢られた特別仕立てになっていた。マセラティ・ジャパンの、グラントゥーリズモという車に対する愛情が感じられ、ちょっと嬉しい気持ちになる。

そして走らせてみると、もっと嬉しい気持ちになった。というか、それを通り越して感動すら覚えたほどだった。僕はこれまで何度かグラントゥーリズモのステアリングを握ってきていて、最終仕様とはいえ数値的にはそれほどの違いはないから、イメージはできてたのだ。それなのに……。



マセラティ グラントゥーリズモMC
ボディサイズ:全長4920×全幅1915×全高1380mm
エンジン:水冷V型8気筒DOHC
排気量:4691cc 
最高出力: 460ps/7000rpm 
最大トルク:53.0kgm/4750rpm  
トランスミッション:6段AT 
サスペンション形式:前後 ダブルウイッシュボーン/コイル
ブレーキ:通気冷却式ディスク
車両本体価格:2257万円(税込)

文:嶋田 智之 写真:尾形和美 Words:Tomoyuki SHIMADA  Photography: Kazumi OGATA

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