英国初のF1チャンピオンと美しき「ヒーロー」の物語 後編 

Photography: Amy Shore


 
この車は、細部まで気が利いている。ダッシュボードにはツーリスト・トロフィー・ガレージのセント・クリストファー・バッジが輝いている。また、電動アンテナまで完備されたコンドル社のラジオは、イタリア人のランチア・エンスージアストであるフランチェスコ・ガンドルフィが、ジョンのために見つけ、搭載当時の状態を再現してくれたものだ。では、給油口はどこだろうか。実は、見事な車体を汚さずに済むように、トランクの中に配置されている。
 
そしていよいよ、私自身が運転に挑むチャンスが巡ってきた。私は以前に、コラムシフトのセリエ3と、ナルディ社製シフトを備えたセリエ5のアウレリアを運転する機会に恵まれたが、どちらの際にも心の中に浮かんでいたのは「WPD10」だった。私にとって「WPD 10」はB20の決定版で、自分で運転できることは夢のようだ。1972年当時の雰囲気にひたる私に、「スピードメーターの反応はとても遅いよ」とジョンが教えてくれる。「70mphを指していたら、実際には90mphくらいは出ているはずだ」という。仮に計器が"7"を指していたら、実際には"10"(と少し)をかけた数字がスピード、"1000"をかけた数字がエンジン回転数といった具合だ。


 
長いシフトレバーは、フロアから突き出し、細身なセンタートンネルの右側へと伸びている。このシフトレバーはおだやかながらも的確に動かすのがコツで、古いシンクロメッシュの性能を補助する際によく使う、ダブルクラッチをしながら素早いシフトチェンジを試みるテクニックは通用しない。

あちこちに通常の車とは少々異なる方式をとったエンジニア達の設計に沿って、この車には、この車ならではの流儀がある。シンクロがない1速へのシフトダウンは、車が停止してからだ。
 
時には、直径がありえないほどに小さいクラッチから、ちょっとした振動も起こる。また、大きなドラムブレーキは、最初の設定では均等に作用しないこともあった。そうした些細な難点はありつつも、乗り回すのに支障はない。ほどなく、アウレリアはスムーズに調子が上がってきた。回転数の上昇とともに、エンジンからは少しばかりダーティーなビートが響きわたる。あらゆるアクションから、質の高い技術の冴えが伝わってくる。


 
カーブの走行も抜群の安定感だ。優れたグリップを提供してくれるド・ディオン式のリア・サスペンションのおかげで、先のモデルに採用されていたセミトレーリングアーム式に比べて、パワーが出ている状態でもより安定したアンダーステア傾向が実現されている。ランチアのオールドモデルのご多聞に漏れず、真剣に運転するほどに、鋭さや攻撃性も増してくる。S字カーブをこなして格別の満足感を得ながら、私は64歳を数えるこのマシンの有能さを実感した。そしてすぐさま、スピードメーターが示していた数字よりも30%近く速いスピードで、このカーブを走り抜けていたことに気づく。
 
私が初めて出会った時、この「WPD 10」は18歳で、とても草臥れた状態だった。現在、「WPD 10」はレストアから数えてさらに18年経ったところだが、今もなお完全な状態に保たれている。時代も異なれば、状態も異なる。いずれにしても、アウレリアを愛したことでも有名なマイク・ホーソーンが今の「WPD 10」を見たらどんなに喜ぶことか、目に浮かぶようではないか。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo. )  Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:フルパッケージ Translation: Full Package Words: John Simister 

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事