英国初のF1チャンピオンと美しき「ヒーロー」の物語 前編

Photography: Amy Shore

「ヒーローには直接会うものではない。(失望を避けるために⋯)」という言葉がある。初対面の時点ですでにヒーローの栄光は色あせ、評判も忘れ去られ、かつての輝きは見る影もなく、それでもなお強烈な印象を放っていたとしたら、いかがだろうか。この言葉の意図するところが当てはまるだろう。
 
だが、思い出に残った初対面のヒーローのイメージが残ったままで再会を果たしたところ、老い衰えていた姿が魔法のように吹き飛んでいたとしたら⋯。若かりし頃の美しく活力にあふれた姿が、想像ではなく現実として目の前に現れるとしたら⋯。それが歴史的な車なら、レストアが成功したといえよう。
 
これからお届けするお話には、「二人」のヒーローが登場する。ひとり目のヒーローは、英国初のF1チャンピオンであるマイク・ホーソーンだ。ブロンドの髪に水玉模様の蝶ネクタイが印象的な彼は、1958年にわずか1ポイント差でスターリング・モスを打ち負かし、優勝を収めた。マイク・ホーソーンに不利となる異議申し立てが、スターリング・モスのフェアな証言によって覆されたエピソードも有名だ。

「もうひとり」のヒーローには、筆者は2回出会っている。しかも、ひとり目のヒーローにも関係のある存在だ。そのヒーローとは、このページに登場しているランチア・アウレリアB20GTだ。1954年製でセリエ4にあたるこの車は、「ゴールデン・ボーイ」のホーソーンがヴァンウォール・チームに移籍するためにマラネロを去った際、おそらくはフェラーリからの契約支払いの一部として、新車の状態でホーソーンに提供されたという(結果的には、その後ホーソーンはふたたびフェラーリに復帰したのだが)。

登録は英国サリー州で行われ、ホーソーン家がサリー州ファーナムで営むツーリスト・トロフィー・ガレージに納められた。新車の状態で英国に納車されたB20はきわめて稀少だが、この車はそのうちの1台だ。ただ、納車までのプロセスは一風変わっていた。その背景も含めてお伝えしていこう。

 
マイク・ホーソーン自身がオーナーとして運転したランチア・アウレリア、登録番号「WPD 10」は、1972年にはホーカー・シドレー社の航空エンジニアであるマイク・ロジャースが所有していた。当時まだティーンエイジャーだった筆者にとっては、まさに夢の一台だった。おまけに私は彼の娘と大の仲良しだった。ある土曜の晩、彼女と私でジェネシスのコンサートに出かけた際には、マイクがそのアウレリアで迎えに来てくれたこともあった。暗闇の中から車が近づくにつれて、アバルト社製エグゾーストシステムが奏でる陽気なビートが聞こえてくる。その音色には、コンサートで聴いた音楽に負けず劣らず、胸が高鳴ったものだ。
 
あのランチアは当時の時点ですでに少々、草臥れ気味だったが、そんなことは別に問題ではなかった。塗装が剥げたムラや錆跡もあり、後輪はホイールアーチ内のインナーパネルが失われ、トランクの内部でむき出しの状態だったが、一流の車ならではのオーラの前には、どれも些細なことにすぎなかった。
 
マイクは自分で迷いなく選んだ愛車を心から楽しそうに運転し、贅を尽くした技術の粋について、エンスージアストの心をつかむ細部にいたるまで、詳しく私に教えてくれた。彼は他にも所有していた少々草臥れ気味のランチア・アプリリアや、2台のボルクヴァルトについても、同じように私に詳しく教えてくれたものだ。どれもエンジニア系の人々にはたまらない魅力を放つタイプの車と言えよう。
 


そして現在。ランチア・モーター・クラブを通して、少し前に「WPD 10」が大規模かつ細部まで慎重なレストアを施されたと聞いた私は、いてもたってもいられなくなった。あの車に再会したい。ホーソーンが所有していた当時の姿を見てみたい。そして、初めて出会ってから47年後にして、今こそ自分の手で運転してみたいとの望みがこみあがってくる。 

現オーナーにしてこのレストアを行ったジョン・カンディーは、ロールス・ロイス社で航空エンジンのエンジニアとして勤め上げた後に退職した御仁で、ランチアのエンジニアリングのメソッドがアウレリアに適用された手法や理由について、論文もいくつか書き上げている。ランチア信者にとって、この車は技術の秘伝を集めた聖地からの象徴のような存在なのだ。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo. )  Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:フルパッケージ Translation: Full Package Words: John Simister 

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