ポルシェ911エンジンの父│伝説のエンジニア、ハンス・メツガーが果たした役割

Photographs:Porsche


 
1965年にピエヒがポルシェの技術部門長に就任すると、メツガーは新しく発足したレースカー設計部門の担当を任され、数々の素晴らしいレースカーを手掛けることになった。1965 年から1973年までは、次々に打ち出される新しいエンジンとシャシーの設計に目まぐるしく追われた。メツガーはそのすべてにおいて自ら直接的に関わり、スタートを切ったばかりの彼のチームはアイディアと経験を飛躍的に広げていった。
 
ポルシェのエンジニア達はマルチ・チューブラーフレーム・シャシー設計を知り尽くし、自分たちの知識を906、910、907、908、909へと繋げ、ついにレーシングポルシェ917を完成させた。彼らをやる気にさせたのは、1960年代後半にはあと一歩のところでいつも手が届かないように思えたル・マンでの優勝だった。そしてピエヒの不屈の精神に後押しされたチームは、ついに勝利を勝ち取る法則を見出した。 

「917はそれまでに私たちが行ってきたことの進化型なのです。エンジンは4カム6気筒シリンダーエンジンに、新しくクランクシャフトの中央から出力を取り出す"センターテイクオフ方式"と低圧潤滑システムを採用しました。シャシーは907と908クーペをベースに改良しました。さらなる強度、よりワイドなホイールなど、それまでのシャシーの改良版に過ぎなかったのです」
 
「1968年のフォードGT40との戦いを経験した後、もはや908ではル・マンで勝利を挙げることはできないと私たちは考えました。1969年にはあと一歩というところではあったものの、またも908は優勝を逃してしまったのです」
 
「1968年後半を通して、設計チームは917プロジェクトにかかりっきりでした。12気筒エンジンを12月までにベンチテストに掛ける必要があったのです。4月までにホモロゲーションを取得しなければならなかったので、なんとしても間に合わせなくてはなりませんでした。レイアウトを完成させ、詳細設計、調達、初号機エンジンの組み立てを終えるのに9カ月掛かりましたが、なんとかスケジュールに間に合わせました。実にたいへんな作業でしたよ」
 
「1969年、917のロングテールタイプをドライブするのは容易なことではありませんでしたが、ヴィック・エルフォードはル・マンで勝てたはずなのです。ギアボックスのハウジングが損傷さえしなければ、優勝できたはずです。ヴィックはそれまでライバル達を大きく引き離していたのです。壊れた原因は、通常レース前に行う耐久試験をする時間がまったくなかったことでした。4月の終わりまでに25台のホモロゲーションモデルを製作して、FIA(国際自動車連盟)に申請しなくてはならなかったのですが、私たちがなんとかホモロゲーションを取得できたのは5月1日のことでした。それから6週間後、私たちは最も過酷なレースを経験することになりました。ダウンフォースは最適ではなかったものの、エルフォードは勝てたはずなのです」
 


メツガーのいう「最適ではなかった」ダウンフォースの問題は、JWオートモーティブと提携してエアロダイナミクスの変更を施すことにより、1969年の終わりまでに大きく改善された。そして1970年、ル・マンでハンス・ヘルマンとリチャード・アトウッドが優勝し、長い間ポルシェの悲願であった勝利を獲得した。そして1971年にも勝ち、ル・マン連覇を果たしたものの、その後に変更された規定により5リッターのスポーツカーは耐久選手権に参戦できなくなった。
 
だが、そのころメツガーは、北米で人気の高いCan-Amシリーズに917の水平対向12気筒エンジンにターボチャージャーを搭載して挑戦する可能性に目を向けていた。
 
「ターボチャージャーの開発をすることは大きな決断でした。ベンチテストでは大きな出力を計測していたものの、スロットルレスポンスなど、解決しなくてはいけない問題が山積していたのです。私たちはエンジンにターボチャージャーを搭載するとなれば、非常に異なった手法の採用を余儀なくされることがわかっていました」

メツガーの検証によりロードレース用のエンジンの場合、すべての排出ガスがターボを通る必要がないことがわかった。ポルシェのレース技術者のヴァレンティン・シェイファーとともにチームは膨大な数の検証と試験を行い、ついに1972 年と1973年に連続してCan-Amチャンピオンシップを制した。ロードレーサー用ターボチャージャーの開発において、メツガーと彼のチームはポルシェの今日に至るまでのテクノロジーリーダーシップに貢献した。
 

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)  Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:渡辺 千香子(CK Transcreations Ltd.)  Translation:Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.) Words:Peter Morgan 

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