「最高の一台」と評される戦前アストンマーティンのワークスカーに試乗

Photography:Matthew Howell


 
低く設置されたバケットシートに乗り込む。狭い空間は、4
本スポークの巨大なステアリングに占拠されていた。ロータックス製のスターターボタンを入れると、1495ccの小型エンジンが元気に目覚め、もっと大排気量かと思うようなサウンドが即座に響き始めた。実に血気盛んなエンジンだ。フライホイールは軽く、吹け上がりがいい。ペダル配置はブレーキが右側で、ブレーキとクラッチの間にスロットルが配置されている。短いシフトレバーで操作するギアは前進4段で、リバースはロックを外した向こう側にある。H型のシフトパターンは通常と左右が逆だ。1速に入れるには、左手を体のほうに引いてから前方へ押し出す。下げると2速、そこから左上が3速、下げると4速だ。
 
クラッチは操作しやすい。クラッシュ・ギアボックスだが、
気持ちよく1速に入り、900㎏のアルスターが嬉々として動き出した。エンジンからのトルクで車全体が脈打ち、ギアが大きな音を立て、ステアリングは、路面を捉えるクロスプライタイヤに合わせて小刻みに動く。速度を上げると、ラダーフレーム・シャシーが自分の下でよじれるのを感じた。しかし、ひとまずはクラッシュ・ギアボックスと中央に配置されたスロットルペダルに意識を集中させる。
 
運転に慣れた頃には車も温まり、すべてが見事にはまり始め
た。4気筒エンジンはトルキーで、大音響を奏でて5000rpmまで勢いよく上がる。ブレーキはケーブルで作動するドラム式で、冷えているうちは車が不安定になったが、温まる頃にはコツをつかんだ。全輪に同等の制動力がかかるようにペダルを奥まで踏み込めばいい。試乗したビスター・ヘリテージのテストコースではブレーキはそれほど使わない。ポイントはスピードをできるだけ殺さないことだ。パワー不足ではないが、有り余っているわけでもない。うれしいことに車は素晴らしいバランスで、きびきびと反応するシャシーがすべてのパワーを残さず地面に伝えてくれる。
 
フロント、リアともリジッドアクスルのため、サスペンション
のストロークは長くはないが、乗り心地はよく、路面の凹凸をよく吸収している。きついコーナーにも思い切り飛び込め、高速コーナーは軽いスライドでバランスをとりながら抜けることができる。その間も、指先にはステアリングを通じて途切れることなく情報が伝わってくるし、体はシートと一緒にコーナリングする感覚を楽しんでいる。シフトアップは楽だが、シフトダウンにはダブルクラッチが有効だ。ブレーキもすっかり温まり、充分な制動力を発揮するようになった。


 
着座位置が低いことも手伝って、顔に吹きつける風は小さな
エアロスクリーンでほとんどが遮られる。ステアリングのすぐ脇にあるシフトレバーの基部が非常にしっかりとした造りなので、それを支えにコクピットの外に身を乗り出してみた。運転席側のタイヤをクリッピングポイントに対してどこまで正確に持ってこられるか、自分の目で確かめるためだ。その答えは、文字通り「寸分違わぬ」正確さだった。
 
圧縮比の高いエンジンは、どの回転域でも野太い唸りを上げ
続けた。小さなレーシングカーではあるが、完璧なバランスで楽しませてくれる。脳裏に浮かんだのは、獲物のにおいを追うジャックラッセルテリアの猟犬だ。体格では仲間に劣るが、能力とひたむきさでは群を抜く。アルスターLM19はそんな車だった。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Robert Coucher 

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