「最高の一台」と評される戦前アストンマーティンのワークスカーに試乗

Photography:Matthew Howell


 
デザインしたのは、バート・ベルテッリの兄弟であるエンリコ・
"ハリー"・ベルテッリだ。元々魅力的なボディワークをレースでの経験を基に進化させたのが1935 年のモデル( LM18~LM21)だった。特徴はラジエターのサイズで、艶を落として塗装したフレームの高さを低めている。そのぶん冷却水量が減ったが前面投影面積が小さくなり、シルエットもいっそう美しくなった。
 
精巧に組み立てられたエンジンは、1495㏄、SOHCの4気
筒で、潤滑方式はドライサンプだ。ドーム型ピストンの採用によって圧縮比は9.5:1と驚異的に高い。特製のレイストール製クランクシャフト、1 3/8インチSUキャブレター、プロファイルを変更したカムシャフトによって、出力は90bhpを誇った。また、クロスレシオの4段ギアボックスや、空力面での向上もあって100mph以上で長く走行することが可能になった。
 
ところが1935年のル・マンでは、すんなりと車検を通らな
かった。サイクルフェンダーが細すぎてタイヤをきちんと覆っていないというのがその理由だ。そこで、急遽フェンダーの幅が継ぎ足されたが、現在もそのままの形で残っている。どのワークスカーもカラーリングは最終的に赤が選ばれた。このLM19も同様で、わずかに残った赤い塗装をボンネットの内側に見ることができる。レース結果は、マーティン/ブラッケンベリー組のLM20が総合3位、クラス優勝。エルウェス/モリス-グッドール組のLM18が総合12位、クラス7位だった。
 
一方、LM19は悪天候のなか夜9時にホワイトハウスコーナ
ーの盛り土に突っ込み、逆さまになってレースを終えている。これだけの大事故ながら、ドライバーのフォザリンガムは九死に一生を得た。その後、LM19は修復され、4台からなるチームの一角として、9月にアーズで行われたTTレースに参戦。チームは新製品のスーパーフレキシト製オイルパイプを採用したが、これが災いした。まず、プライベート参戦のプリンス・ビラにトラブルが発生。

続いてLM21とLM19にも同様の致命的なオイ
ル漏れが発生し、完走を阻んだ。翌1936年のル・マンは自動車業界のストライキで中止となったため、LM19はイタリアに舞台を移してミッレミリアに参戦した。トミー・クラークとモーリス・フォルクナーのドライブで、1時間半もの大差を付けてクラストップを快走していたが、マカレッタでの給油後にバルブを焼き付かせてリタイアした。原因は不良燃料だった。同年、LM19 はモンレリーで行われたスポーツカーによるフランスGPにも参戦している。この時には、のちにメルセデス・ベンツで名を馳せることになるディック・シーマンがトミー・クラークと組んでドライブしたが、ブレーキトラブルでリタイアに終わった。
 
1939年にLM19は個人の手に渡り、1950年代末までクラ
ブイベントで使われていた。その後、1968年にアストンマーティンのエンスージアストとして有名な"ジョック"ことジョン・キャンベルが購入。1976年に亡くなるまで、この車でヒルクライムやレースに参戦した。ジョックの没後、LM19は息子へ、さらに孫へと受け継がれた。
 
10台しか製造されなかったワークスのアルスターであり、こ
れほどの経歴をもつ車だから、LM19はアストンのエンスージアストの間でも非常に有名だ。さらに、わずか4台のローラジエター仕様なので、外観も素晴らしい。赤いカラーリングは数十年前に塗り直され(グリーンだった時期もある)、今は艶やかなブラックだ。インテリアは赤で、クロームトリムもふんだんだ。ジョック・キャンベルは、レースだけでなく、自分の車を人に見せることも大いに楽しみ、ブラックの塗色はキャンベルが選んだ。それが今、目の前で早朝の日の光を浴びて輝いている。5.50/18サイズのブロックリー製タイヤは太く見えるが、古い写真を見ると、これが正しい選択のようだ。
 
アルスターは美しい車だが、そうデザインされたわけではない。
ハリー・ベルテッリは明らかに腕の立つコーチビルダーだったとみえ、全体もディテールも見事にまとまっている。だが、LM19はあくまでも希少なレーシングカーであり、この姿は、目的のために余分なものを削ぎ落とした結果なのである。軽量なトネリコ材製の木骨にフィットしたボディは、全体に小さく引き締まった印象を与えている。広くトレッドに細身のサイクルフェンダーの組み合わせは、アグレッシブな佇まいだ。サイドのエグゾーストパイプも目を引く。革のボンネットストラップには、素早く開閉できる弾薬箱式のバックルが付いている。並んだルーバーは、加工した職人もうんざりしたのではないかと思うほど数が多い。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Robert Coucher 

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事