鍛え抜かれたアストンマーティンのサーキット専用スーパーカーとは?

Photography:Dominic Fraser



こうしてグランドフィナーレがやってきた。いよいよヴァルカンに乗り込む。ステアリングを握るのは、アストンマーティンのワークスドライバーであるダレン・ターナーだ。ヴァルカンの開発に最初から関わってきた人物で、この日も休むことなく何時間も周回を重ねていた。

ヴァルカンのルックスはまさに壮観だ。ド派手なのはいうまでもないが、写真では伝えきれない美しさがある。まずはエアロダイナミシストのグレアム・ハンフリーズと一緒に車を見て回り、解説を聞いた。ヘスケスF1に始まり、1999年ル・マン優勝のBMW V12や、スパイスのグループCカー、マクラーレンF1のル・マンカー、ボクスホール・ベクトラのツーリングカーレースカー、1998年バイパーのル・マンモデル、現在活躍するベントレーGT3などを造り上げた人物だ。

「空力性能はこれまで私が手がけたどの車より優
れています。難しかったのは、空力的に穏やかな(バンプやヘビーブレーキングでも挙動が予測しやすい)車にすることでした。そのためには、ピッチやグランドクリアランスにかかわらず、センター・オブ・プレッシャー(COP)の変化を最少にし、常にCOPを制御して重心より後方に保つ必要があります。車の下部には長いディフューザーが付いていますが、それが始まる位置(サイドの排気口と同一線上)がCOPです。フロントミドシップは、センターミドシップに比べて遙かに大きなディフューザーを備えることが可能です。肝は、フロントのダウンフォースをどう生み出すか。フロントのホイールアーチにあるダクトも、空気を通すことで一役買っています。リアは、デザイン上の要請でカモノハシテールになりましたが、リアスポイラーのフラップが、ウィングに気流を押しつける役割を果たしています」

ボディはすべてカーボンファイバー製だ。One-77も同様だが、同じではない。車内はやはりFIAのロールケージで埋まっている。サーキット専用ならではの機能性だけでなく、デザインでも目を引く部分がある。その最たるものが、30個のLEDが並ぶテールライトだろう。インパクトでは、宇宙船を思わせるダッシュボードも負けていない。

サスペンションはプッシュロッド式。コイルオーバー・ダンパーは、ばね下重量を抑えるため、フロントは前後方向に、リアは横方向に装着されており、高速/低速、圧縮/伸長を個別に調整可能だ。トランスミッションは、アストンの世界耐久選手権モデルと同じエックストラック製6段型だ。エンジンは、GT3のレース用ユニットをベースに新たに開発された7.0リッターの自然吸気V12で、3種のモードを選択でき、最大で800bhpを発生する。顧客は500bhpからスタートだ。



ターナーはもちろんフルパワーでアタックする。開発のためにヴァルカンで6000時間以上走行し、最終セットアップはもちろん、車内のスイッチ類やステアリングの配置もターナーが決めた。今日のところは、ヴァルカンがポールリカールでどれだけ速く走行できるかを軽く見せるだけだ。

だが、その速さは尋常ではなかった。私は息ができないくらいきつく締めたシートベルトで助手席に縛り付けられていたのだが、それでも、冷や汗が出るような速度で第1コーナーに近づき、ブレーキが踏まれた瞬間に前方へたたきつけられた。

ターナーは縁石を余すところなく使ってコーナリン
グし、急激に加速しながらギアを上げていく。そしてまたブレーキ、ターンイン、スロットルペダルを踏みつけ、少しスライドするが、お構いなしに速度を上げる。ジェットコースターに乗って「もっとやってくれ!」と「頼むからもう止めてくれ!」が交互にやってくる、あの感じだ。それが何周も何周も続いた。

もう何周目か分からなくなったころ、最終コーナーでラインが少し変わったように感じた。凄まじいスピードはそのままで、ピットレーンへと飛び込む。最後にもう一度激しいブレーキングを浴びせると、ガレージにゆっくりとクルーズしていった。ターナーの操作でビルトインのジャッキが上がり、メカニックがタイヤを交換する。私が息を整えている間に、ターナーが穏やかな口調で説明した。

「この車なら限界ぎりぎりまで攻めることができる。
それでも不意打ちを食らうことはない。助手席に乗って教えるのは大歓迎だよ。こういうやり方でなければ、データを使って教えるのもいい。もうどれだけ走行したのか分からないけれど、この車で走るのは最高だ」

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:David Lillywhite 

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