無冠の帝王サー スターリング・モスとジャガーCタイプの歴史

octane UK

「単に、あの懐かしいCタイプが大好きなのだ」サー・スターリング・モスは自動車史家のダグ・ナイに語った。そして、その理由も。

国を代表するレーシングドライバーとして2000年に"サー" の称号を授与されたサー・スターリング・クロフォード・モスは、モータースポーツのあらゆるカテゴリーで数々の輝かしい勝利を収めるも、遂に一度も世界チャンピオンにはならず、「世界選手権を持たない最も偉大なドライバー」あるいは「無冠の帝王」と呼ばれている。スタジオ照明の下で撮影用の60年代のコットン製レーシングスーツに身を包んだ帝王は語った。



「私は常にCタイプを正当に評価していた。私に言わせれば後
継型のDタイプよりはるかによくできた車だった。Cタイプは正しくドライブすれば依然としてどのDタイプよりニュルブルクリンクを速く回れるはずだ。それはすごいことだと単純に感心する。そして特に私が気に入っているのはウェット状態での素晴らしさだ」

1950年代初頭から数々のレースにジャガーで参戦し、そのなかでもCタイプによる参戦が断然多いモスの言葉には説得力がある。

「ツーリングカーのようにソフトで快適なものの、若干元気がないXK120のラダーフレームと異なり、Cタイプのために新設計されたスペースフレームは、純粋にレースのためのものだ。英Cタイプはすべてを大きく変えた。また3.4リッターXKエンジンは完成度が高く、スムーズなパワー特性を持ち、素晴らしいサウンドを奏でた。だが、ジャガーのシートの印象はよくはない。XK120のもよくなかったし、Cタイプのためには専用のレーシングシートが作られたが、それもあまり上出来とは言えなかった。もちろん、Cになっての最大の進化はマルコム・セイヤーによる、新しい空力学的フルカバード・オープンボディである。Cタイプの速さはそのボディデザインによるところが大きかった」

彼の1951年5月16日の日記にはこう残されている。
「早朝に起床。コヴェントリーのジャガーに向かう。ワークスドライバー仲間のレスリー・ジョンソンとピーター・ウォーカーに会う。新しいル・マンカーを見た。その後でピーターと自分はMIRA(モーター・インダストリー・リサーチ・アソシエーション)のコースでそれを試乗した。車はとても速かった(だいたい150mph以上)。しかし、多分ショックアブソーバーの所為だが、オーバーステアだった。ブレーキ(その時点ではドラムのみ)は、あまりよくはないが、試走中にフェードは起こさなかった」

1951年、まったく新しいチームカーをル・マンの車検に持ち込んだ時には、モスと彼のチームメイトは誇らしさで一杯だった。「それは当時もっとも近代的で未来的、説得力のあるマシンだった」しかもそれはブリティッシュ・レーシング・グリーンに塗られていた。「我々はまるで本当にユニオンジャックを掲げているような気になったものだ。これは色々な面で重要なことだったのだ」この誇りが新しいCタイプを同年のル・マン24時間レースでの勝利に導いた。二人のピーター、ウオーカーとホワイトヘッドは、1950年代のジャガーのル・マンでの5度の勝利の口火を切った。この年、モス/フェアマンのカーナンバー22は92周でリタイアとなった。これ以降モスは多くのCタイプをドライブした。最初のマシンがXKC001だった。彼はまたミッレミリアで、後には自身のマシンの代名詞ともなる新型のファクトリー仕様メルセデス300SLと闘った。

「どしゃ降りの雨とひどい横風のラヴェンナの直線で、私が誰
もこれ以上、速くは走れないだろうと思っていた時、一台のメルセデスがロケットのように脇をすり抜け、私のジャガーは強い衝撃をうけた。私はすぐにウィリアム・ライオンズに宛てて電報を打ってことの次第を説明し、ル・マンではマシンをもっと早くする必要があると進言した。だが、これが大失敗の始まりだった。なぜなら私の言葉を受けて、ミュルザンヌストレートでの高速安定性を考えたジャガーは、ボディをドループスヌート(垂鼻)タイプに換装した。だが、ボディの全長が長くなったのはいいとして、それによって小型化されたグリルが裏目に出て、全車がオーバーヒートのためリタイアとなったのだ」

1953 年のル・マンでは、ワークスチームでのライトウェイトCタイプが再び勝利するが、モス/ウオーカー組は彼らのチームメイトのトニー・ロルトとダンカン・ハミルトン組に次ぐ2位に入った。

「あの1953年ル・マンの1位2位と4位でのフィニッシュは、
ジャガーにとって素晴らしい目標達成の時だった。そしてウィリアム・ライオンズはその他のレースについてはまったく関心がなかった。彼はル・マンでの勝利は販売に繋がり、それこそが本当の目的なのだと理解していたからだ」

今日モスは本当の愛情をもってワークスCタイプの記憶をたどる。彼は、XKC038を自ら買い入れてレースに使用したが、これは彼がそれまでに実際に購入した数少ない車の一台だ。「総括するなら、ジャガーCタイプは私に大いなる喜びと貴重な経験と非常に多くの競技での成功をもたらしてくれた」これこそ、存命する最も偉大な英国人からのCタイプへの感謝状であろう。

次のページで、ジャガーCタイプでの彼の偉大な業績と歴史的瞬間をご覧頂きたい。

編集翻訳:小石原 耕作 Transcreation:Kosaku KOISHIHARA Words:Doug Nye

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