アマチュア「週末レーサー」たちが作り上げた国際出場レースカー|アルファロメオ・アルフェッタGT

1981年アルファロメオ・アルフェッタGT・グループ2レーシングカー(Photography:Paul Harmer)



サーキットで堪能する
ようやく、グッドウッドの狭いピットレーンのシグナルがグリーンに変わった。レース用クラッチの振動で、プロペラシャフトの回転音がいっそう大きくなる。ツインカムエンジンはプラグかぶりで咳き込んだが、勢いよくピットを飛び出して1コーナーのマジウィックに向かった。1日の最初に必要となるのが感覚のキャリブレーションだ。グッドウッドでは自然に注意力が高まる。1950年からほとんど変わっていないので、マジウィック、名無しのコーナー、そしてとりわけウッドコートへ飛び込むときなど、バリアがゾッとするほど近くに迫ってくるのだ。たとえ経験豊富なドライバーでも、最初の2、3周は、何だってこんなことをやると言っちまったんだ、と後悔させられる。

私が普段使っている車は400bhpほどあって、大径の細いダンロップタイヤを履いている。だから最初のコーナーが迫る中で考えたのは、フロントを切り込ませるのにどの程度ステアリングを操作する必要があるかということだった。次に、立ち上がりでスロットルペダルを踏み始めるタイミングをはかり、それでイン側がホイールスピンを起こしたりリアが流れたりするかどうかを見極める。それもまた刺激的でいいのだが、アルフェッタGTはまるで違った。2.0リッターのツインカムが発生する出力は185bhpだ。当時にしてはまずまずのパワーだが、私がここまで乗ってきたディーゼルのアウディA4より少ない。アルフェッタはA4より軽いけれども、コブラのように凄まじい加速を見せるわけではない。

4速、7000rpmでマジウィックに飛び込んでみたが、ドラマチックなことは何ひとつ起きなかった。スリップもヨーイングもドリフトもなし。イン側のフロントタイヤがロックして音を立てることもない。なぜなら、ブレーキペダルを強く踏み込む必要がないからだ。こうした感覚のズレは以前にも経験したことがある。アルフェッタGTは950kgだ。比較的軽量なサルーンカーの場合、硬めのサスペンションでスリックタイヤを履いていると、コーナー入口でも中ほどでも驚異的なスピードを維持できる。直線での速度とコーナーへ飛び込む速度の差が少ないのである。そもそもグッドウッドで低速といえる区間は1箇所しかない。つまり、どれだけ減速すればコーナーを抜けられるかではなく、どれだけ少ない減速で済ませられるかを割り出さなければならないのだ。また、判断材料になる反応も小さいので、普段以上に感覚を研ぎ澄ます必要がある。

すぐに、ブレーキを踏まずに少しリフトオフするだけでマジウィックにノーズを入れられるようになった。だが、まだフロントの感触に何か腑に落ちないところがある。リアにも何かあるような気がするのだが、いったい何なのか、すぐには分からなかった。とにかく、全開で行けそうな感じがするのである。かといって試してみるつもりはない。記録更新が目的ではないのだ(そそられるのだが)。それに、最後の一押しがあだになってバリアへ放り出された経験は私にもある。今日はやめておいたほうがいい。カーナンバーを付ける日に取っておけと自分に言い聞かせる。

パドックに戻って疑問を口にすると、いつも陽気なリチャードが明るく教えてくれた。原因は、フロントのサスペンションジオメトリーが「救いようがない」から。リチャードによれば、ロードカー仕様でさえロールセンターがフロント側の地面より下に位置するため、少しでも車高が下がるとロールセンターもいっそう下がり、さらにノーズダイブを起こしやすくなってしまう。これを防ぐ唯一の方法は、硬いスプリングで下支えすることだ。それにはアウトデルタ製の特殊なトーションバーが必要となる。アウトデルタはほかにも、特別仕様のアルミニウム製ウィッシュボーン、クロスレシオのギアセット、改良型ワッツリンクなど、様々なパーツを供給していた。

当時もそうしたパーツの入手は容易でなかったので、アルファGBの経理部長だったジョン・ドゥーリーは、安上がりな方法を選んだと話す。フロントサスペンションをバンプストップに接する位置で固定して、まったく動かない状態でイギリス・サルーンカー選手権を戦ったのだ。また、アルフェッタのスプリングにはトーションバーを使用しており、この洗練された設計理念のおかげで、タイヤの幅を少しでも広げようと思ったら外側にオフセットするしかない。それでホイールアーチを継ぎ足していたのだ。アルファロメオのこうした面について、長年、多くの人が残念に思ってきた。複雑でコストがかかっても理論的に優れた方式を採用したのだから、きちんと細部まで詰めていたら、その利点をもっと発揮できたのにと思う例が多かったのである。

フロントが硬いということは、その分リアを柔軟にする必要がある。これは当時のサルーンカーではおなじみの命題だが、アルフェッタの場合はそう単純ではない。ギアボックスの分だけリアが重いからだ。理論的には重量配分を50:50にできるという利点を持つトランスアクスルだが、量産に適した方式を生み出すのが難しい。アルファも20種類ほど試行錯誤したものの、長期的に使える解決策は見つからずじまいだった。

再びコースに出ると、リアの奇妙なフィーリングの正体が分かり始めた。柔らかいリアエンドとの組み合わせで、重いギアボックスが振り子の錘のような役割をしているのだ。少々感覚が麻痺したようなフロントエンドに慣れるとともに、リアの奇妙な感じは無視できるようになり、むしろそれを利用して、思い通りに旋回できるようになった。コーナー入口ではフロントに荷重をかけるためにブレーキを使わざるを得ないが、それさえなければ、シケインから慎重にキャリーしてきたスピードを一切失うことなくコーナーを抜けることも可能だ。

つまり、普通とはひと味違うドライビングである。似たようなものが溢れる世の中で、こういうところもまたアルファロメオの魅力であり、だから私も含め、一部の人々からあれほど愛されたのだ。また、アルファはディーラー・チームに技術的なチャンスももたらしていた。同じモデルであれば、幅広いバージョンからパーツを流用することがルールで認められていたからだ。フォードのように、効率を追い求めて単一モデルの大量生産をやっていたメーカーには真似のできない芸当だった。ドゥーリーによれば、ローズジョイントや特殊なトレーリングアーム・ブッシュ、アルミニウム製ドアヒンジなど、多くのパーツが他のバージョンに移植可能だったという。

昼を回って間もなく、プロペラシャフトの振動する音がチェーンソーのような甲高い音に変わった。7500rpmで回転しながらどこかへ飛んでいってしまう前に、ストップしたほうがよさそうだ。その頃には、アルフェッタの独特な感触を存分に生かして楽しめるようになっていた。現代の車で使うテクニックを応用し、スピードにのったままでブレーキをじわじわと効かせながら中速のウッドコートやラヴァントに飛び込む。こうしてフロントに荷重をのせれば、より高いスピードでクリッピングポイントに到達できるのだ。つまり、ブレーキングをいかにして少なくするかを考えるのである。トラクションは素晴らしく、例の奇妙なフィーリングはあっても、テールがルーズになる前兆は一度も感じなかった。

優勝経験のあるコルティナなどに10万ポンドを超える値が付く時代だ。1980年代のツーリングカーは、より手頃なヒストリックレーサーとして注目を浴びるようになった。ドライビングも現代の車に近い。アルファのエキスパートで、リチャードのレストアを手助けしたクリス・スノードンは、アルフェッタのセットアップはまだ完成していないと話しており、さらによい状態にまとめられるという点でドゥーリーも同じ意見だ。その実力は過去を見ても分かる。1960年代中頃から、アルファロメオはツーリングカーの主要タイトルを30回以上獲得した。ヨーロッパ選手権は1982〜85年に4連覇し、イギリス選手権も1983年に制覇している。

リチャードはアルフェッタを可能な限り走らせる気だ。プロペラシャフトの異音はほぼ解消できたと言っている。たしかドゥーリーは、1980年代に1分28秒くらいのタイムを出したと謙遜気味に話していた。数年前ならグッドウッド・リバイバルのTT記念レースでポールポジションが取れたタイムだ。おそらくブレーキはシケインでしか使わなかったのだろう。それともショートカットしたか…。とにかく目標タイムを設定してくれ。もう一走りして、どこまで近づけるか見てやろうじゃないか。

1981年アルファロメオ・アルフェッタGT・グループ2レーシングカー
エンジン形式:1962cc、4気筒、DOHC、ウェバー製48
DCOSPサイドドラフト・ツインチョークキャブレター×2基
最高出力:185bhp/7500rpm 最大トルク:20.2kgm/6200rpm
変速機:前進5段MT、トランスアクスル、後輪駆動、LSD
ステアリング:ラック&ピニオン

サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、トーションバー、
テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):ド・ディオンアクスル、ワッツリンク、コイルスプリング、
ダブルアジャスタブル・テレスコピック・ダンパー
ブレーキ:4輪ディスク 車重:950kg
最高速度:225km/h 0-100km/h:6.5秒(推定値)

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Mark Hales Photography:Paul Harmer

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