技術的な進化に足並みを揃えるように、自動車世界の流行は目まぐるしく変化する。
だが伝統に裏打ちされたスタイルとクラフトマンシップを誇るベントレーは自らのペースで時を刻む。
ベントレーとマリナーが長きに渡って継承してきたDNAに、いま一度思いを巡らせてみる。
ビスポークの本懐
過日、英国の貴族たちはロンドン中を隈なく巡って、身の回りの品を誂えるのが常だった。サヴィルロウでスポーティなスーツを、セントジェームスのジョン・ロブでタフな靴を誂え、ダンヒルでは好みの煙草を買い込む。老舗のベントレー・ディーラーであるジャック・バークリーでは理想の1 台を作り上げるため、大いにBe Spoke(話し合い)をしたのである。
ベントレーが1952 年に発表した世界最速のグランドツーリングカーであるRタイプ・コンチネンタルは、王侯貴族や時代を彩る人物がこぞって注文を入れたことで知られている。なぜなら、豪奢なフルサイズの2ドアボディを持ったこの車は久方ぶりに誕生したスポーティなベントレーであり、また伝統的な製作スタイルに則った究極の誂え品だったからである。
ローリングシャシーの状態で出荷されたRタイプ・コンチネンタルは、注文主が選んだコーチビルダーの元に送られ、ボディや内装の仕立てはコーチビルダーに一任されたのである。とはいえ実際には、200 台強が生産されたRタイプ・コンチネンタルのほとんどが、優美なシルエットを提案して見せたH.J.マリナーの工場へと持ち込まれたのだった。
コンチネンタル=大陸という響き。それは島国に生まれ育った英国人の永遠の憧れなのかもしれない。そして1950 年代にRタイプ・コンチネンタルが鮮やかに提示して見せた世界最速の2ドア・グランドツアラーというDNAは、21 世紀へと着実に受け継がれ、コンチネンタルGTをはじめとする今日のベントレーに色濃く繋がっているのである。
ベントレー・デザインの系譜を象徴している部分が、フロントフェンダーから上部に流れるようなサイドラインである。この力強い線はRタイプ・コンチネンタルの時代に確立したアイデンティティとして知られるが、そのモチーフは同モデルよりも古く、1920 年代に作られたベントレーのフェンダーをオマージュしている。優美さと力強さを併せ持つこのパワーラインは、まさにベントレーらしさを象徴しており、Rタイプ以降、どの時代のエクステリアデザイナーも、ここからスケッチを描きはじめてきたのだ。
テクノロジーや流行が複雑に絡み合う自動車の世界において、本当の意味で伝統や技術、そして生産車のDNAが継承される例は驚くほど少ない。だがコンチネンタルというキーワードによって括られた新旧2 台のベントレーには、スタイリングや時代を牽引するような動力性能だけでなく、素材選びのセンスや仕立てのクオリティといった自動車の根幹といえる部分にまで職人によって受け継がれてきた伝統が息づいている。
継承の事実は、歴史を鑑みればより一層明らかになる。ベントレーの仕立てに大きな影響を持っていた職人集団であるH.J.マリナーは後にベントレーに吸収され、今日ではそのビスポーク部門として腕を振るっているからだ。時折ベントレーの仕事の中に表出するマリナーの銘。記憶に新しいものでは、コンチナンタルGTをベースとして日本限定でリリースされたムーンクラウド・エディションが挙げられる。2 色に塗り分けられたボディは、誂えの英国車に多く見られた意匠であり、そのカラーリングのセンスひとつとっても、ビスポークに長けたマリナーの歴史と経験値を感じとることができる。
昨今は多くの自動車メーカーが外装色のチョイスを増やし、内装を選べるプログラムを提供しているが、これらはベントレーが培ってきたビスポークの精神とは根本的に異なることは認識しておくべきだろう。歴史に裏打ちされたビスポークの本懐とは、顧客の好みを一方的に受け入れるわけではなく、歴史と融合させて一点物に仕上げる点にあるのだから。長きに渡って蓄積されたDNAによって強く結ばれたベントレーとマリナー。その特有の車造りは、一朝一夕に真似できる類のものではないのである。
文:吉田拓生 Words:Takuo YOSHIDA Illustration, Photography:Bentley Motors Limited
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