異端なれども正統派|フェラーリプロサングエ海外試乗記

Ferrari

SUVカテゴリーが上下入り乱れの大活況を呈する中、傍観者にしてみればプロサングエはそれにしか見えなくても仕方がないだろう。フェラーリがプロダクションモデルとして初の4ドアという切り札をそんなところで切ってきたのかと、ちょっと物悲しい気持ちになるかもしれない。しかしフェラーリのエンジニアたちは正面切ってこちらを見据えながら、それをバッサリと否定する。これは我々の新しいスポーツカーである、と。

訝しさがまったく拭えたわけではなく、まぁそう言うしかないよなあと思いながらプロサングエと対面する。スリーサイズは4973×2028×1589mm。全長と全幅は例えるならメルセデスベンツのGLEクーペ辺りにほど近い。が、ホイールベースはそれより80mm以上長い3018mmだ。そして決定的な違いは120mm以上低い全高にみられる。



数値的にもその特異さが伝わるが、実際の佇まいはさらにミステリアスだ。ホイールベースから想像できる通り、大きなタイヤはボディの四隅に配されており、それによって背丈を更に低くみせる視覚的な効果も感じられる。一方で、ボディ側に間延び感がないのは下世話にならないギリギリのさじ加減で絞りと張りのメリハリがしっかり持たされているからだろう。それでいて、直近までの 4シーターフェラーリだったFF/ GTS4ルッソ系との連続性も端々にみてとれる。それらをもって、まごうかたなきフェラーリとみせてしまうその手腕が憎らしい。

デコラティブにはみせずとも、エアロダイナミクスにはとことん配慮されているのもプロサングエの特徴だ。F12ベルリネッタで採用されたエアロブリッジはダウンフォース増強ではなく前面ドラッグの低減に用いられ、顔面はヘッドライト光源の小型化によって得られたスリットを乱流の低下やエアロブリッジの流速向上、ブレーキの冷却効果向上につなげている。その下部にあるブローンダクトはフロア下面のダウンフォース生成だけでなくラジエター周辺の冷却にも作用することで前面開口形状の自由度を高める仕組みだ。



更にフロントのフェンダーアーチ下部は大径タイヤの乱気流を抑えて空気の膜を作るためにルーバーが設けられるほか、フェンダーアーチそのものがタイヤハウスの空気を抜くためのスリットとして機能するなど、形状的な無駄はおしなべて廃されている。リアゲートのウインドウはワイパーレスのクリーンな意匠だが、これも走行風を巧く配しながら水滴を飛ばす仕立てになっているという。





当然ながら車台はプロサングエ用にゼロから設計されたもの。十八番のアルミスペースフレームを軸に、センターピラーなど構造体の一部にハイテンスチールを用いたハイブリッド構造となった。これは車体剛性というよりもパッシブセーフティの要件に合わせて採用されたものだ。そのセンターピラーは前後のドアのキャッチを兼ねる。象徴的なリアドアは堅牢な構造のシングルヒンジで、開閉には電動アシストが採用されている。防音材が重ねこまれたカーボン製のルーフパネルは、同仕様のアルミパネルに対して20%の軽量化を果たした。

フロントヒンジのボンネットと電動開閉式のリアゲートにはグースネック型のヒンジを採用し、見た目のすっきり感と共に空力面での形状最適化にも寄与している。これらをもってプロサングエの捻じれ剛性は、開口部が大きくなったにも関わらず前世代の FF/GTC4ルッソ系に対して30%の向上を果たしているという。



搭載されるエンジンはエンツォへの初搭載以来、21世紀の 12気筒モデル群を支えてきたF140系を採用。メカニズムやソフトウェア、クーリングチャンネルなど全面的なリファインが施されたF140IA型となる。キャパシティは他と同じ6.5.だが乗員や荷物等の負荷、マルチパーパス性に考慮し、低回転域からのトルクを重視した設定となり、2100rpmで最大値 716Nmの 80%を発する。それでいてピークパワーは725 psで許容回転域は8250rpm。0-100km/h加速は 3.3秒で最高速は310km/hとスペックは充分に刺激的だ。



と、このエンジン、ドライバーが要求しない限りは努めて黒子に徹してくれる。パーシャルスロットルでの巡航時は 1000rpmそこそこの回転域からきちんとレスポンスするだけでなく、12気筒らしい絹漉しの滑らかさも備わっている。そのうえで、驚くほどに静かだ。摺動部の精度や潤滑の見直し、吸排気系のチューニングなど、数々の改良点はこの高級サルーンのような上質感の実現にあったのだろうか。

一方でアクセルを深く踏み込む、マネッティーノをスポーティ寄りの設定にするなど、こちらが走るという意思をみせるや、プロサングエは間髪入れずフェラーリの本能を剥き出しにする。高回転域に向かうに従って綺麗に排気音を揃えながら、視点の向こう側に吸い込まれるように伸びやかな加速は、SUVやサルーンなどのカテゴリーでは比べる対象がいない。当然ながらこの車に載るのは、単体でも最高の敬意を払われる宝石のようなエンジンだ。8250rpmの上限域までパワーの垂れも感じさせずシュパーンと回り抜くのみならず、その快音は比するものがない。そんなフェラーリでしか味わえない動力源が、今までフェラーリが辿り着けなかったところに、多くの人や荷物とともに連れて行ってくれる。そんな可能性が初めて開けたことにワクワクしないはずがない。



そこに一助するのがFF/GTC4ルッソ系由来の進化版 4RM-S、そして専用開発となるフェラーリのアクティブサス「FAST」だ。SUVカテゴリーに照らせば、ユーティリティや快適性、車高調整等の相反要素を解決する策としてエアサスが用いられるのが常だが、プロサングエではF1やFIA-GT車両向けにサスペンションシステムを供給する英マルチマチック社が開発した車高調整式ダンパーテクノロジー「TASV」を採用。スタビライザーを持たないコイルサスにして、応答性や自在性の高い姿勢制御を実現している。



FASTがみせてくれる動的な感触は、ちょっと今まで体験したことがない類のものだ。いってみればアッパーサルーンの乗り心地とスーパースポーツのハンドリングという両極的なダイナミクスをまったく違和感なく自然に繋げている。強烈な加減速や旋回といった高負荷時は姿勢をしっかり抑制しロードホールディングを高める、一方で旋回中には四肢が異なるストロークとなるダイアゴナル姿勢を自然に作り出すことで運転実感をドライバーに伝える、この剛と柔の相反要素をこれほど緻密な解像度で御するアクティブコントロールは比肩するものが思い浮かばない。もちろん、その制御パラメーターはスクーデリアに端を発するフェラーリのノウハウが活きている。

その佇まいも走りも、プロサングエが実現した異端ぶりは、象徴たるレーシングテクノロジーによるものだ。こんなオチはフェラーリでなければもたらすことはできないだろう。


文:渡辺敏史 写真:フェラーリ
Words: Toshifumi WATANABE Images: Ferrari

文:渡辺敏史

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事