世界を転戦するF1チームのシェフ|ドライバーやメカニックの胃袋を満たす仕事とは?

Aston Martin

少々前のことだが、今年4月にイタリアで開催されたエミリア・ロマーニャGPで、アストンマーティン・フォーミュラ1チームで料理長を務めるフィリップ・イーグルにインタビューする機会を得た。世界を転戦するチームを支える裏方として奮闘する彼らの仕事とは。



どこでレースをするときでも、私たちケータリングチームは、月曜日には開催地に入ります。そしてすぐに食材の買い出しに行き、片言のイタリア語やスペイン語を駆使して、望みの食材を手に入れます。そのあとケータリングに使う道具の荷ほどきをし、厨房の設営をします。たいてい火曜日にはサーキットへの立ち入りが許可され、準備を始められます。ここが最も重要な時間です。まもなく大忙しになりますから。

水曜日は、レースチームも到着し始めるので、通常、昼食と夕食を用意します。木曜日も同様です。金・土・日曜日は、朝・昼・夜の3食をチームスタッフとドライバーに提供するほか、VIPゲストのアラカルトメニューも用意します。

レースウィークの私自身の食事は、他の誰とも違います。すべてつまみ食いですよ。ゲスト向けの食事を作るときは、試食にも時間を費やします。例えば今日は金曜で、前菜が豚バラのチャーシュー、次が南仏野菜を添えたシンプルな魚のグリル、そしてデザート、というメニューです。ピットガレージのスタッフにとっては時間的に厳しい日なので、おいしいサンドイッチと健康的な軽食をガレージの冷蔵庫に詰め込みます。ほとんどのメカニックは、こちらへ来てのんびり昼食を取る余裕がないからです。どこにいてもきちんと栄養補給ができるようにする工夫ですよ。今日の夕食はステーキです。



総勢80~90人のチームスタッフだけでなく、このレースではVIPが40人ほどいます。ドライバーとそのマネージメントチーム、チームオーナーとその関係者を合わせると、1食150~160人分が必要です。段取りよくやって、あらゆる状況に対応します。今週のイモラは4人のシェフで切り盛りしますが、何か問題があっても、3人で上質な食事を提供できますよ。一番近いスーパーマーケットまで45分かかるんです。

私は43歳で、キャリアのほとんどはレストランやホテルで働いてきました。ここ数年は複数のイベント会社に所属しており、そのひとつとアストンマーティンF1チームが契約していたんです。2020年のパンデミックの際に、急きょ代役として開催地へ飛んでくれと頼まれました。私は、あの喧騒が気に入りました。F1チームは、厨房にいる私たちと似ています。私たちも、狭い場所で、大きなプレッシャーと戦いながら働いていますから。2021年には半数のレースを任され、今シーズンはフルタイムの契約をオファーされました。これは単なる偶然ではなく、運命だと思います。

私たちは、シーズンが始まる前に各レースのメニューを考えます。現地で手に入る食材に合わせて変更もしますが、事前に思い描けるようにするのです。今週のエミリア・ロマーニャ州は、新鮮なトリュフやおいしい天然のキノコなど、食材の宝庫です。

チームには栄養士がいるので、シーズン前に連絡を取り合います。ときには少々油っこい料理も効果的ですが、それより必要とされるのが、活力を高く保つ軽食です。ドライバーのトレーナーとは直接話し合い、食事制限ができるよう手助けします。昨シーズンはチョコレートが多すぎたので、今シーズンはスナックを変えて、ナッツやポップコーン、パンケーキ、ダークチョコレートとデーツのプロテインボールにしました。体に悪い砂糖の代わりに、メープルシロップやハチミツを使って作ります。それでも十分に甘くなりますが、間違ってもジャンクフードではありません。

メニューはバラエティーに富んでいます。チームが求めるのは燃料としての食事ですが、ヘルシーな料理を求める人もいれば、ふるさとの味を求める人もいます。シェパードパイにフィッシュ・アンド・チップス、魚より肉のほうが人気がありますね。一方、ゲストやVIPからは、最高級レストランのクオリティを求められます。

チームに食事を提供する仕事には難しさもあります。スタッフは長時間ガレージで働いているので、常に何かしら用意しておく必要があるのです。私たちが手を止めることは1日中ありません。イモラでは門限の時刻が変わり、パドックから早めに引き上げる必要があるため、夕食はチームスタッフが素早くつまめる屋台風のものにしました。その間に厨房では、私も含めて総動員で片付けに追われます。

F1で働くシェフは、皆よい関係を築いています。私たちは、家と家族から離れて働く運命共同体です。知り合いが多いと助かりますよ。いつ何が足りなくなるか分かりませんからね。

この職場を選ぶのは大きな決断でしたが、妻は満足しているようです。もし今もロンドンで働いていたら、私は仕事に追われて、休日には疲れ切って家族サービスもままならなかったでしょう。今は、1週間働いたら1週間休みなので、時間を計画的に使えます。そこも気に入っています。

ただし、時差ボケ、運動、食事、ルーチンなど、慣れが必要な部分もあります。根気と忍耐が求められる仕事ですよ。1年に22回出勤して、いってみれば野原の真ん中にレストランを建て、150人もの人々に1日3食を提供するんですから。

私は料理で人を喜ばせるのが好きです。私たちが作ったものに何か不満があれば、いつでも厨房に来てもらって構いません。そうしたら何か工夫しますよ。


Interview: Giles Chapman Images : Aston Martin (Portrait), Aston Martin Aramco Cognizant Formula One™ Team
翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA

オクタン日本版編集部

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