新連載:一度は行きたい!海外イベントレポート|Vol.1 ル・マン クラシック

Yusuke KOBAYASHI

自動車ライター・西川 淳氏による新連載がスタート。世界各地で行われる自動車関連イベントは数多くあるが、中でも西川氏が「行かずに死ねるか」と断言する推しのイベントを順次紹介する。海外イベントを知り尽くした西川氏ならではの独自の視点から、観戦の心構えからマニアックな見どころに至るまでをレポート。連載の初回は2023年6月29日~7月2日にかけてフランス、ル・マンのサルトサーキットで開催されたル・マン クラシックだ。



これからル・マン クラシックを観戦したいと思っている読者には一つだけアドバイスがある。決して全てを見ようなどと思わないこと、だ。



ル・マン クラシックというイベントにはおそらく、車好きの望む“全て”が揃っている。歴史的名車だけじゃない。名物コーナーでのバトルはもちろん、有名なドライバーやコレクター、魅力的なグッズショップの数々に、ミュージアムやアトラクションといった施設、そしていろんなブランドのオーナーミーティングの類まで、車好きを虜にするコンテンツの宝庫だ。なんなら一般駐車場だって面白い。







それゆえアレがあった、コレがあったといちいち興奮していると頭と身体がもたないし、全てを見ようなんて到底に無理なハナシ。アレもコレも全部あると知ったうえで、とにかく目の前に集中してほしい。見逃すことを前提に観る。見逃した車のことなんかより、出会った名車を隅から隅まで観察することをオススメする。できれば撮影なんかは後回しにして・・・。

100周年を迎えた2023年6月。本大会から二週間後、今度はル・マン クラシックが開催された。記念の年ということもあって、本大会同様、ル・マンは週中から異様な盛り上がり。筆者は両方とも観戦したが、混み具合はほぼ同等だ。



けれども雰囲気は少し違っている。本大会に比べてレースそのものの緊張感が薄いせいかクラシックの方がお祭り的な空気感が濃く、なんだかウキウキしてしまう。サーキット内では至る所にクラブミーテイングのパーキングがあって、みんなレースなどそっちのけで楽しんでいたりする。なかでも75周年を迎えたポルシェのオーナーミーティングは壮観で、356から最新モデルまでおそらく1000台以上が集まっていた。









筆者は京都の大先輩である元レーサーの鮒子田寛さんが、AIM代表の鈴木幸典氏と共に久しぶりにル・マンを走るというので、万難を排して応援に駆けつけた。

鮒子田さんは今からちょうど50年前に日本人として初めてル・マンに挑戦。マシンは純国産のシグマMC73。生沢徹さんとのコンビだった。鮒子田さんは合計3回、ル・マンを走っている。73年、75年、81年だ。日本のチームとドライバーの参戦が本格化するのは80年代半ば以降で、その頃、現役を引退していた鮒子田さんはチーム&コンストラクターとして関わっている。トムス+童夢=トヨタだ。要するにトヨタの輝かしいル・マン史の黎明期にも立ち会った。その後、今度はベントレーチームの監督としてもル・マンに参戦。ちょうど20年前の2003年には自身としても初めての“優勝”を勝ちとった。そう、今年100周年を迎えたル・マンは鮒子田さんにとって二重、三重に記念の年になったというわけだ。



マシンは鈴木氏所有のポルシェ906。なんと生沢徹リバリーの個体で、これは生沢氏本人が撮影用に監修して往年の仕様に仕上げたもの。ある意味、50年前のコンビが違う形で実現したというわけで、記念の年にふさわしい陣容だろう。



そのほか日本からはアバルト1000SPやポルシェ904も参戦。前者は惜しくもエンジントラブルで本戦前にリタイアとなったが、ポルシェの2台は見事、完走した。ドラマティックだったのは904の方で、予選でエンジンを壊したものの急遽ドイツからスペアエンジンを取り寄せ決勝までに積み替えて参戦、見事走り切ったから素晴らしい。





鈴木・鮒子田組の906はというと、大雨に祟られた予選のナイトセッションのみ棄権したものの、そのほかは順調にスケジュールをこなし、見事、最後のレース(予選決勝で5回のレースがある)まで走り切った。彼らの属するグリッド5というクラスは、66年〜71年までのスポーツカーで、ローラT70やフォードGTといった大排気量のレーシングマシンが多数参戦する(合計80台規模だ)。906は66年式の2リッターだから、いかにも分が悪い。実際、その速度差は歴然としていて、タイムで1分半程度違う。鮒子田さん曰く、「ストレートはまだいいんだけれど、コーナーの進入速度が違いすぎて、おっかなかった」。鈴木さんも「後ろにきた!と思ったらもう横にいるからね。自分のラインで走るなんて一周のうち1つ2つがやっと」



それでも「めちゃくちゃ楽しい!」(鈴木さん)と、揃って笑顔でマシンから降りてきた。鮒子田さんによれば、「ル・マンには他のサーキットでは味わえない、言葉にならない魔力があった」というものらしい。もちろんクラシックは本大会とはまるで違う。けれどもその雰囲気の一端を味わうことはできる。なにより名レーシングカーたちがサーキットを走るコンディションで動態保存されていることが素晴らしい。

全開で走る歴史。ル・マンという舞台があればこそ、歴史的な名車が歴史的に残されていくのだろう。コンクール然り、有名サーキット然り。レーシングカーがただあればいいというものでもない。好きものがただ操って楽しめばいいというものでもない。それを一層盛り上げる舞台装置もまた歴史を受け継いでいく上で重要な役割を果たすといっていい。




文:西川 淳 写真:小林悠佑
Words: Jun NISHIKAWA Photography: Yusuke KOBAYASHI

西川 淳

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