クラシックフェラーリでフィオラノを走る|とびきりの体験で、気分はジル・ヴィルヌーブ!

Ferrari

大好きなジル・ヴィルヌーブになった気分だ。信者にはことのほか有名な“リストランテ・モンタナ”でランブルスコのたっぷり入ったグラスを傾けつつ、跳ね馬の聖地“ピスタ・ディ・フィオラノ”での夢のような1日を振り返って、思い出し笑いをする自分がいた。

フェラーリ本社に隣接するテストコース“フィオラノ”を走る、というだけでも(たとえそれがレンタカーのフィアットであっても)貴重な経験である。否、そもそも中に入ってエンツォ時代からある建物やピットを見るだけでも有頂天であろう。もちろん自動車ライターという仕事を30年もやっていれば、この歴史的な場所を訪れてイベントに参加したり(たとえば50周年や70周年の記念行事)、あまつさえデビューしたばかりの新馬を駆ったりというレアな機会も一度や二度はあるものだが、今回はいつにも増して“とびきり”だった。

ジルな気分。彼はもちろん、栄光と悲劇の両方を太く短く経験したF1パイロットであり、おいそれと追体験できるような存在ではない。そうではなくて私的なジル気分とはその昔にフィルムか何かで見た彼が308GTBに乗ってパドックにやってくるシーンであり、そこから想像を飛ばして、きっと彼もまた70年代の跳ね馬ロードカーでフィオラノを走ったことがあるに違いないという妄想がその発露なのだった。

クラシックフェラーリを使ったドライビングレッスン


そう、今回のフィオラノ訪問は“コルソ・ピロタ・クラシケ”プログラム、クラシックフェラーリによるドライビングレッスン体験である。

よく知られているように、マラネッロには“クラシケ”という旧車部門が存在する。創業時からある旧正門(リストランテ・キャバリーノ側)から入って右手奥、本社工場内にあって最も古い建物の残るエリアにあって、アーカイブ管理からクラシケ認証、レストレーションまでを司る。“コルソ・ピロタ・クラシケ”もまた彼らの重要なアイテムのひとつだ。



プログラムに使用される個体はもちろん、クラシケによって入念に整備されている。イベント前日にオフィスを訪れたが、翌日に使う308GTB&GTS(キャブ車)、モンディアル3.2、550マラネロ、365GTB4デイトナが最後のチェックを受けていた。ちなみにデイトナの代わりに250GTルッソが使われることもあるというから、何とも豪華なラインナップ!ちょい乗りだけでも十分に本誌の企画になりそうな名馬ばかりだというのに、それらを使ったドライビングレッスンだなんて。

フィオラノ内の歴史的な建造物に入り、座学からプログラムは始まった。正しいドライビングポジションの取り方から始まるその内容は何ら特別なものではない。古い跳ね馬だって同じ車だという安心感と共に、本当にそうなのか?という不安もかえって入り混じる。特に念入りに教えられたのは、フィオラノを走る上での注意点に加えて、連続するコーナーのライン取り法と3ペダルミッションの丁寧な扱い方だ。面白いことに “ヒール・アンド・トゥ”も左足ブレーキもあえて推奨されてはいなかった。要するに右足ブレーキでまずはきっちりと減速することが大事であり、左足はというとフットレストにおいてしっかり身体を支えた方が良いというわけだ。あくまでも運転の上達を目指すものであって、タイムアタックで勝負するわけではない。

その昔エンツォがF1テストを見守ったであろうピットに移動する。実はこの日、朝からあいにく雨が降り続き、実技に入る頃にはワイパーがいるかいらないかという小雨模様にはなっていたけれど、路面は完全にウェットコンディション。乾くまでには時間がかかりそうである。

308で車との対話を楽しむ


まずはインストラクターによるデモ走行を308の助手席で体験したのち、シートを代わった。本当はキャブ車のコールドスタートから習いたいところだけれど、車はすでに戦闘モード(笑)



最新モデルに比べるとほとんど地面にレザーのゴザを敷いて座っているかのような低い着座位置だ。厳格に仕切られた金属製のシフトゲートが眩しい。金属製の長いシフトレバーが生えている。この年代の跳ね馬は以前に所有していたことがあって、雰囲気といい匂いといい、とても懐かしい気分に。



308のクラッチペダルはさほど重くはない。とはいえ左足など今やクラシックカーラリー以外ではめっきり使わなくなった。一日もってくれと願いつつ、アイドリングでソロリとクラッチをつないで、ジワっとスロットルを開けた。

車の機嫌を伺いながら走る、というのもあるけれど、ワイヤーで物理的に繋がったアクセルやブレーキの操作フィールにも多少の戸惑いがある。そのうえキャブ車だから、ゆっくり走り出すにこしたことはない。

とはいえ車体の調子さえ掴めてしまえばそのあとはむしろ、思い切った操作が肝要だ。右足裏で空気をしっかり吸うようにアクセルペダルを踏み込み、勢いよく回転をあげてスパッと潔くクラッチを切る。速やかかつ確実にギアレバーを次の位置へと叩き込む。その繰り返し。カツーンと小気味よい金属音が鳴れば、いと嬉し。

野太い排気音よりも、盛大な吸気音と背後のメカニカルノイズに気分はいっそう盛り上がる。当初2速ギアは渋めで無理に入れようとするとギア鳴りするが、温まるに伴ってスムースになっていく。そんなプロセスもまた楽しい。

濡れた路面で駆る軽量V8ミドシップカーゆえ、立ち上がりで油断して踏み込めば尻が乱れるが、コントロール性には優れている。どうだ?ダメか?行けそうか?大丈夫?行こう!そんな対話が楽しい。そして流れる光景はというとおそらくはジルが見た景色とよく似ているはず…

モンディアルがこんなに楽しいとは


308GTBであっという間の3ラップののち、モンディアルに乗り換える。こちらは横置き最後の3.2リッターインジェクション仕様だ。キャブを気遣う必要のないぶん、マシンとの対話性は薄れるが、逆にいうとステアリングワークに集中できるというメリットもあった。





なにしろモンディアルクーペは楽しいのだ! +2座ということで同時代の2シーターV8ミドよりロングホイールベースで動きが滑らか。濡れたサーキットではまさに水を得た魚のように走る。308GTBよりも楽しいという意見で参加者一同一致する。モンディアルにこれほどドライビングファンがあるとは!この日一番の収穫だったかもしれない。モダンになったリストランテ・キャバリーノでランチだったが、世界からやってきたジャーナリストと共に中古車サイトを検索して再び盛り上がったものだ。



話をトラックに戻すと、モンディアルから乗り換えた550マラネロは比べて多少厄介だった。V12のFRで力強さは段違い。完全なフロントミドでないぶん、ノーズも少々重く感じる。V8モデルよりもひとつ上のギアを使ったコーナリングが安全で望ましいと教えられ、そのように走らせるとサウンドも静かでやっぱりこの車は生粋のグラントゥーリズモだったと思い出す。







ドリフトレッスンも308で!


ここでいったんトラックから離れて、スキッドパッドへ移動した。ここではなんと308を使っての8の字ドリフトレッスンだ。すでに雨は上がりつつあったが路面はまだ十分濡れている。滑らせるにはもってこい?

テールスライド姿勢への積極的なもち込み方から、その時の視線を保つべき方向、細かなアクセルコントロールまでを学ぶ。誰でもスリップ状態にもち込むことはできるが、ミドシップゆえその姿勢をキープしてカウンターステアをやり切ることが難しい。何度も成功するまでトライする。繰り返すが、ドライブするのはフェラーリ308である!



そういえばジルはパドックで派手なスピンターンを決めていたっけ。

ひとしきり8の字を描いていると息は上がって手足がだるくなる。ハンドルのキックバックが強いから腕の力がなくなると危ない(指を折る)。肩まわりと内臓がしんどくなってきたところでレッスン終了。もう一度、ピットへ戻った。

ご褒美はデイトナ


1日の締めくくりは、残るもう一台、そうデイトナのドライブだ。アルゼンチンカラーのデイトナ。ノーズが黒いから発表されたばかりの12チリンドリによく似ている。

デイトナドライブは言ってみれば1日無事に頑張ったご褒美というやつで、ギアボックスの操作にはくれぐれも気をつけろと念を押されて乗り込んだ。クラシケ部門にももう予備はないらしい。



キャブレター付きV12エンジンをじっくりと丁寧に味わってみる。初期型プレキシグラスモデルのデイトナ、しかもクラッチペダルとステアリングは唸るほど重いとなれば、気軽に楽しめるようなモデルではない。それでもだんだんとアベレージ速度は上がっていく。盛大なメカニカルノイズに包まれる。無心になった瞬間、妄想が膨らんだ。





ピットに戻ればきっとエンツォとジルが何やら話し込んでいるに違いない。




文:西川 淳 写真:フェラーリ
Words: Jun NISHIKAWA Photography: Ferrari

西川 淳

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