「それは住宅建築のフォーミュラ1のようなものです」|N°001 MINAMI AOYAMA DESIGNED BY ASTON MARTIN

VIBROA

2022年末に発表されたアストンマーティンによる邸宅建築プロジェクトN°001 MINAMI AOYAMA DESIGNED BY ASTON MARTIN。この一大プロジェクトを日本で遂行するのがVIBROAと、同社が“PLuGG”と呼ぶ建築からファッションまでの専門知識をもつ企業集合体だ。N°001 MINAMI AOYAMAの現在と、PLuGGについてVIBROAを訪ねた。



一昨年、アストンマーティンが日本で「N°001 MINAMI AOYAMA DESIGNED BY ASTON MARTIN(以下、N°001南青山)」と呼ばれる邸宅を都内で手掛けることが話題になった。オートモーティブギャラリー、ワインセラー、ホームシアター、ジム、プライベートスパを備え、アストンマーティンのデザイン理念が随所に反映される予定となっている。とはいえ、日本には建築にまつわる法規制が様々あり、アストンマーティン単体での日本進出はハードルが高い。そんな邸宅作りにおけるアストンマーティンの日本のパートナーは、東京・赤坂に本社を構える株式会社VIBROA(以下、VIBROA)だ。

「VIBROAはブランデッド・レジデンスを手掛けるデベロッパーです」と語ったのは代表取締役CEOの吉田利行さん。銀行、ファンドマネージャー(など)でキャリアを積み、金融と不動産に精通している。

株式会社VIBROA代表取締役CEO、吉田利行さん。銀行、ファンドマネージャーなどでキャリアを積み、金融と不動産に精通している。デベロッパーという枠にとらわれず邸宅の維持・管理から居住者の生活におけるあらゆる要望に応えられるようなコンシェルジュ・サービスの提供を目論んでいる。

「私たちの仕事は土地の選定、設計・施工、金融機関への橋渡し、という領域だけにとどまりません。建物が完成してからこそ、私たちの本領が発揮されると思っています。資産としての邸宅の管理、お住まいになってからオーナー様が必要とするあらゆるサービスを提供できる体制を築いています」と続けた。Furniture(家具)、Fixture(什器)、Equipment(備品)の調達が一般的には思い浮かぶだろうが、よくよく聞いてみると例えばウォードローブに好みの衣装を揃えたい、ホームパーティをしたい、といった日々の生活を送るうえで出てくるオーナーの要望にも応えるという。アストンマーティンのパートナーシップス紹介ページにVIBROAが“コンシェルジュ”と記されている所以であろう。

また、VIBROAはアストンマーティンに対しては技術面においてもコンシェルジュの役割を担っている。というのも、アストンマーティンから送られてきたデザインをもとに、日本の都市計画法、建築基準法、各自治体の条例などに合致させ“カタチ”にするのがVIBROAであるからだ。

その中心となるのが一級建築士でVIBROAのチーフ・アーキテクト・オフィサーを務める村田郁生さんだ。N°001南青山で一番苦労した点を聞いてみると「オートモーティブギャラリー」と意外な答えが返って来た。

アストンマーティンから当初提案されたイメージでは、オートモーティブギャラリーの天井は巨大なガラスの上に水を張り、光が注ぎ込むイメージになっていました。たしかにアストンマーティンの車のデザインは水中生物のような流線形をしていますから、空間全体を水中に見立てるアイデアは面白いと思いました。今回の計画では、技術面やコスト面、また機能面からもどの様に実現するかは大きな課題でした」

どの様に実現するかアストンマーティンのデザインチームと議論を交わすうちに、彼らから波形状の金属製パネルを天井の仕上げ材とするアイディアが提案されたという。「このような天井仕上げができるメーカーを探す中で、照明との連携が必須である点から、天井メーカーと照明器具メーカーの連携の基に実物大のモックアップ天井を作成していただき、初期のイメージを再現できるか検討を重ねました」

オートモーティブギャラリー同様、プライベートスパの天井には凹凸が設けられた天板が取り付けられる。“外”であることを考慮し、ステンレス板ではなく防錆に優れたアルミ板を採用する。

デジタル空間におけるシミュレーションで済ませることなく、照明器具メーカーのショールームにて天板メーカー、VIBROA揃って光の反射具合や見え方を実験・検証した。

まるで水がゆらいでいるように見えるこちらの写真実は凹凸を作った金属板に光を当てて水のゆらぎを再現したもの。このような検証を何度も繰り返すことでアストンマーティンの提案を実現させていく。VIBROAと天板メーカー、照明器具メーカーとのコラボレーションで生まれた光がオートモーティブギャラリーに収まる愛車を照らす。

天板1枚あたりの大きさには物理的な制約があり、天井には複数枚を貼り付ける必要がある。その際、パネルとパネルを接合する部分でできる目地をいかに目立たなくするか、パネルをどのように取り付けるか、についても試行錯誤が繰り返された。

「結論として天板の端に折り目を付けて爪を作り、天井に“嵌め込む”ように装着する予定です」

もはや宮大工の領域に聞こえてくる。「一般的な建築部材の知識だけではなかなか実現できないような世界観を、各メーカーのご尽力により、アストンマーティンの意図した世界観に近づけたのではないかと思います。幸い、作っていくプロセスをご覧になっているオーナー様は面白がってくれていますし、我々にとってはこのようなノウハウが貴重な財産として蓄積されていきます」と吉田CEO。あらゆる場面においてVIBROAだけの力ではなく、パートナー企業による協力が欠かせない、という。

「我々は"PLuGG"と呼んでいるのですが、VIBROAをハブに様々な協力企業様を集約することで、あらゆる状況においてお客様に“ワンストップ・サービス”をご提供できるような体制作りをしています」と続けた。

一方でデジタル技術も大いに活用している。「工事の効率化と施工の精度向上にデジタル技術は欠かせません。施工パートナーのONOCOMは道路の寸法から運び込める資材の大きさ、入れられるクレーンの大きさなどは計画の初期段階からデジタル空間でシミュレーションします。アストンマーティン車の最低地上高の低さを考慮してオートモーティブギャラリー出入り口のスロープの角度も最適化しています」



大型の建造物でしか用いられないBIM(Building Information Modelling)と呼ばれる最先端のデジタル技術も活用している。

「建築現場にはライブカメラが設置されているほか、建物に用いられる鉄筋コンクリートの配筋は3Dレーザースキャナーを用いて点群でデータを記録しています」と村田さん。すべてはオーナー様への説明責任と後々のメンテナンスで役に立つ、という。「BIM(Building Information Modelling)と呼ばれるテクノロジーですが、これまではコストの観点から、小規模な計画では比較的採用されてきませんでした。これはコンピュータ上にあらゆる3Dデータを入力、仮想空間内に3Dの建物形状を作成(モデリング)し、同時に施工時に必要な2次元の図面が完成しているようにする技術です。この3Dデータと現場で計測した3Dデータを重ね合わせれば、計画と現場の齟齬がないかを確認することができます」とは吉田CEOの言葉。この技術と蓄積されたデータは後に建物にメンテナンスを施す際の“カルテ”にもなる。もちろん、データ一式はオーナーの手に渡る。

オートモーティブギャラリーのスロープのシミュレーション、資材搬入のシミュレーションなどもデジタル空間で行っている。

建物に用いられる鉄筋コンクリートの配筋は3Dスキャナーを用いて点群でデータを記録。

アストンマーティンとVIBROAのやりとりは実に密だ。アストンマーティンからのデザイン提案をもとに、日本チームで様々な検討図面と3Dデータを作成し新たに提案するなど、このやり取りがオンラインミーティング上で繰り返される。

アストンマーティンのデザインチームとのオンラインミーティングが毎週行われているが、N°001 南青山で用いる部材の手触りを含めた質感のチェック、光の見え方など確認項目は多岐に渡る。

「日本チームとアストンマーティンのデザインチームとこのようなやり取りは毎週行われ、その打合せの経緯の全てはアストンマーティンのチーフクリエイティブ・オフィサーであるマレク・ライヒマン氏に報告されて非常に細かいところまで確認されているようです。世界的な自動車デザイナーとお仕事をご一緒できることは光栄ですし、コチラも世界目線でデザインしている感覚になり、身が引き締まる思いです」と村田さん。

株式会社VIBROA副社長・チーフアーキテクトオフィサーを務める、村田郁生さん。一級建築士ならではの知識と経験を用いて、アストンマーティンが提案するアイディアをカタチにしていくキーパーソンである。アストンマーティンのデザインを生かしながら、東京ならでは気候を考慮した機能性や快適性を追求している。

「素材に関しては“本物”以外は認められず、石を“模した”素材や、鉄に“見える”塗装等は一切認められないという厳しさとともに、素材に対するストイックなまなざしは、110年にわたる車づくりの中で培われたアストンマーティンの伝統的な思想と受け取りました」

アストンマーティンは邸宅作りにおいて決して一方的に要求を押し付けてくるのではなく、最良の選択肢/解決策をVIBROAと一緒に追い求めるスタンスだという。

村田さんが続ける。「もちろん、イギリスと日本では住宅事情や生活慣習も異なるため、アストンマーティンのデザインチームが提案する内容の中には日本の慣習に合わなさそうな部分もありましたが、打合せを重ねるにつれ、お互いの考えをより高次元で昇華できるような感覚の共有が図れていると思います」。優れたデザインだけでなく、居住者にとっての機能性や快適性も追い求めている。

いまや現場とオフィスの距離的制約はなくなりつつあるという。現場にはカメラが設置され、施工状況を随時確認できるとともに、情報を常に全員が共有できる。

クライアントとのイメージの共有も重要だが、写真のように、窓辺からの風景をあらかじめ確認することもできる。

「デザインはいいけど…、って嫌なんですよね。たまにデザインが素晴らしく、着心地が悪い洋服ってあるじゃないですか。そうではなく、デザインも機能性も快適性も満足させることを我々の強みとして打ち出したいんです。目指すのは建築業界のF1です」と吉田CEO。エンドプロダクトを要件定義し、必要になる部品/部材を吟味して集め、テストして、カタチにする、という点において自動車業界と建築業界、実は似ているのかもしれない。

N°001南青山の記者発表会場には、邸宅の完成“モデル”が披露されていた。「設計データから日本最大の3Dプリンターを作ってN°001南青山を“プリントアウト”しました。アストンマーティンのメンバー含め、内輪では“これは凄い!”と大変盛り上がりましたけど、記者さんたちからの反応はほぼ皆無でした。デジタル技術を駆使しても、伝わらないこともあるんです」とお二人は笑っていた。




文:古賀貴司(自動車王国) 写真(インタビュー):高柳 健 まとめ:前田陽一郎
協力:㈱ヴィブロア、㈱オノコム
Words:Takashi KOGA(carkingdom) Photography(interview):Ken TAKAYANAGI Edited:Yoichiro MAEDA
Thanks:VIBROA、ONOCOM

参考資料:
https://media.astonmartin.com/
aston-martin-applies-its-design-mastery-to-first-luxury-home-in-japan

問合せ:株式会社VIBROA
TEL:03-6447-1941 https://www.vibroa.com/

古賀貴司(自動車王国)

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