まさに博物館級のフェラーリ|フェラーリ365GTB/4のプロトタイプ#10287

Alberto Chimenti Dezani ©2023 Courtesy of RM Sotheby's

1960年代後半、パフォーマンスカーの世界は岐路に立たされているように思われた。ランボルギーニがP400ミウラを発表し、その革新的なミドシップエンジンデザインが、パフォーマンスカーの上流階級の未来を占め、フロントエンジンの車は人気を失い始めると考える者さえいたのである。

ミウラの成功に刺激されたフェラーリは、ランボルギーニに対抗するために、275GTB/4の後継車は何か壮大で新しいものでなければならないと考えていた。その結果ミドエンジンではなく、フロントにV型12気筒エンジンを搭載し、ピニンファリーナがデザインしたコーチワークが採用されたのである。当時、12気筒のフロントエンジンのGTカーを作るのに、フェラーリの右に出るものはいなかったし、マラネロのすぐ近くに本社を置くランボルギーニという「反逆者」たちにも負けるわけにはいかなかったのだ。



ランボルギーニミウラに対抗するスクーデリアの新型フェラーリ、その発端となったのが#10287である。一見すると、275GTB/4と365GTB/4デイトナの中間を行くような車である。しかし、この車はフェラーリの将来を占うためのデザインスタディ以上の価値のあるものであった。365GTB/4のプロトタイプは全部で6台作られたが、この車はそのうちの最初の一台であり、最も認知度が高く、最もユニークで、最も重要、さらに言えば最も望ましいものであることは間違いないだろう。

今回この非常に価値の高い車がRMサザビーズのオークションに出品されることとなった。



#10287は、275GTB/4と同じTipo596のシャーシで、鋼管製、ホイールベースは2,400mm(275GTB/4と365GTB/4に共通のホイールベースレングス)である。その心臓部には、当時のフェラーリのロードカーには搭載されていなかったランプレディ・エンジンというユニークなエンジンが搭載されている。ドライサンプ、3バルブヘッド、デュアルイグニッション、ツインスパークプラグ、ウェーバー40DCN18キャブレターを6基搭載している。ブロックは330GTのものをベースに、4,380ccにボアアップされている。この全くユニークな設計のエンジンは、1967年のデイトナ24時間レースで412Pが3位となり、数々のレースで優勝し、歴史に名を残した330P4プロトタイプレーサーのエンジンと類似しているというのが特筆すべき点だ。また、これらのレーシングカーは、1気筒あたり1つのエキゾーストバルブを持つダブルインレットバルブを採用している。



フロントガラスの前のデザインは、275GTB/4と似ている。ボディワークのテールセクションの形状は、275GTB/4のブーツヒンジとフルワイドのリアクロームバンパーを利用しており、デイトナを知っている人ならすぐにわかるだろう。#10287のサイドデザインは、最も市販のデイトナを想起させる部分で、リアセクションとルーフラインはエンツォ・フェラーリが最も気に入ったとされる部分だ。ノーズとボンネットを見ると、ジャガーE-Typeとの類似性も見て取れる。



1967年初頭に完成した#10287は、その年のうちにモデナ・オートドロームで大規模なファクトリーテストを実施した。1968年5月8日、ローマのフェラーリ正規ディーラーであるMotor S.a.s. di Carla Allegretti e Cを通じて、イタリアのナンバープレート「Roma B 85391」を付け、800万イタリアリラという販売価格で初登録された。当時、この価格は新車の275GTB/4と同程度であったが、その時点ではまだ365GTB/4デイトナの市販モデルは登場しておらず、1968年のパリ・オートサロンの5ヶ月ほど前のことであったというのは興味深い。

#10287はフェラーリのファクトリーから旅立つと、まずローマの実業家であるヴィンチェンツォ・バレストリエーリ伯爵のもとに収まった。彼はスポーツ活動、特にオフショア・パワーボートレースで有名になり、#10287を所有していたであろう1968年と1970年に、オフショア・パワーボートレース世界チャンピオンになった。アメリカ人以外で初めて世界選手権を制し、4連覇を達成したドライバーでもあり、この間に5つのスピード記録を達成している。彼の息子の回想によると、バレストリエリは新車の365GTB/4を注文していたが、納車前にエンツォ・フェラーリとの会話で、365GTB/4のスパイダーバージョンが登場することを知り、そちらに興味を持ったそうだ。エンツォはデイトナ・クーペを納車する代わりに、#10287を貸し出し、デイトナ・スパイダーを待つ間に楽しんでもらい、デイトナ・スパイダーが到着するとプロトタイプはフェラーリに引き渡された。

マルセル・マッシーニのレポートによると、#10287の最初の個人オーナーはローマのFIMA S.p.Aで、次のオーナーはボローニャのガンパオロ・サルガレラのようだ。彼は1972年にFIMA S.p.Aからこの車を購入したものの、サルガレラの手元には長くとどまらず、同年5月にイタリアからアメリカへ輸出された。#10287は、アメリカ南部で数人のオーナーを経て、1978年にイリノイ州シカゴのVictor N. Gouletに購入された。その年の暮れ、ブラックホーク・ファームズ・レースウェイで開催されたフェラーリ・クラブ・オブ・アメリカ・セントラル・ステイツのイベントで、グーレはこの車を披露したのである。その後グーレは南カリフォルニアに移り住み、もちろんこの車も連れて行った。1989年、グーレはこの車を売却し、スイスで保管することを選択したオランダ人の所有となり、ヨーロッパに戻った。#10287は、その後自動車ディーラーでスイスに在住のイタリア人に売却された。そしてこのイタリア人が所有していた時には、1993年5月にフランスのディオンヌ・レ・バンで開催されたグランプリや、サンモリッツで開催されたフェラーリ・スイスの20周年記念ミーティングなどのイベントで、度々披露されていたようだ。



2003年9月、デイトナ・プロトタイプは現オーナーの父親が入手し、オランダに戻された。フェラーリ専門誌「カヴァリーノ」211号に掲載された彼の言葉が、#10287のコンディションと当時の心境を端的に表している。

「スイスでこの車に出会ったんだ。かなりひどい状態だったけど、なんとか走らせて、2003年のフェラーリ・クラブ・ミーティングに参加しました。『この車が何だかわかっているのかい?』と、年配のクラブ員たちに聞かれたので、『まあ、かなり手を入れないといけない車ですね』と答えました。しかし、徐々にこの車が本当に特別な車であることがわかり、その歴史をすべて調べようと必死になったのです」

#10287がフェラーリで果たした重要な役割に魅了されたオーナーは、この車を完全にレストアしてかつての栄光を取り戻すことを決意した。工場出荷時の姿に戻すために、細心の注意を払いながら研究を重ねた。そのために、#10287は、この時代のフェラーリに多大な経験を持つオランダのスペシャリストチームに託された。メカニカルな作業はフォルツァサービスのアレックス・ヤンセンが、ボディワークはカロッセリーベドリイフ・バルト・ロマインダース、インテリアワークはHVLエクスクルーシブ・イタリアン・インテリアーズとクラス・レザーズに任された。



レストアが完了すると、#10287は満を辞して2012年5月のヴィラデスト・コンコルソ・デレガンツァで初公開された。レストアを終えて表舞台に戻ると、愛好家やモータージャーナリストから多大な注目を集め、オランダの『GTO by Autoweek』3号、フランスの『Rétro Viseur』2014年9月303号、前述の『Cavallino』211、2016年2・3月の記事、オランダ『AutoWeek Classics』2016年7月、オランダ『Octane』8月23号などの有力雑誌で特集記事が組まれた。

このレストアの最終的かつ最も重要なステップは、プロトタイプ・クラシケの認定を受けることだった。ちょうどこの頃、#10287の当時の写真が見つかり、365GTB/4と同じ通常の4つのテールライトではなく、6つの小さなカレロのテールライトがあることが判明した。そこで、リアエンドは完成時の状態に戻され、この車には、オリジナルのシャシー、完全にユニークなオリジナルのエンジン、正しいタイプの交換用トランスアクスルギアボックスが搭載されていることが確認され、無事クラシケの認定を受けたのである。



この作業が完了した後、デイトナ・プロトタイプは2015年2月から2016年3月までフェラーリ美術館に展示されたが、これは最高の名誉である。またさらに、同年末にオランダのコンクール・デレガンス・パレイス・ヘット・ルー・アペルドールンでベスト・オブ・ショーの栄誉を獲得した。そして#10287は、ベスト・オブ・ショー受賞後、2017年のズート・コンクール・デレガンスと、MECC マーストリヒト インタークラシックスというオランダのフェラーリ70年を祝う特別展で、さらに2回展示された。

それ以来、#10287はめったに姿を現さない。レストア時にこの車のエンジンとメカニカルワークを担当したフォルツァ・サービスが常に世話をしており、走行状態は完璧で、直近では今年の3月に同社で整備を受けたそうだ。レストア完了後、約1,000kmの走行が行われ、デイトナ・プロトタイプは適切に走り込み、ベスト・オブ・ショーの栄誉にふさわしいパフォーマンスで、公道でもその独特のスピード感を楽しむことができる。また、ジャッキ付きのツールキット、レストア時の写真を含むヒストリーファイル、クラシケバインダー、フェラーリ博物館からの証明書、以前のカリフォルニアナンバープレートと複製されたローマのナンバープレートも付属する。



#10287は、275GTB/4と365GTB/4というフェラーリの最も重要な2つのモデルのちょうど真ん中に位置しているモデルだ。メカニカルな面でもデザインの面でも、この2つのモデルの中間的な存在であることは一目瞭然だ。ワンオフのパワーユニットと、標準生産された275GTB/4と365GTB/4の要素を反映したスタイリングが組み合わされたこのモデルは、両車の魅力を最大限に引き出した、独自のストーリーを持つモデルである。レストアの完了後、ごく限られたイベントでのみ公開され、フェラーリの歴史におけるその魅力的な位置づけからも、世界的に有名な数々のイベントで歓迎されることは間違いないだろう。#10287の重要性は計り知れず、世界中のフェラーリコレクションのハイライトとなるのは間違いない。

オクタン日本版編集部

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