「魔改造」されたフォルクスワーゲンタイプ2|究極のオフロード・マシンのレストアが完了

VWCV Classic Vehicles

オーストリアの革新的な発明家がスキーリフトの代わりになるものを考えていた。VWハーフトラック・フォックスはその答えだった。この度、そのレストアが完了した。



VWタイプ2ほど万人受けし、多用途性に富んだバンがあっただろうか。“スプリットスクリーン”をもつワーゲンバスは、単に自動車のアイコンであるだけでなく、文化史の重要な一部分にもなっている。ワーゲンバスが残したレガシーは現在でも健在であり、VWシーンを偉大なものにし、活気に満ち溢れている。だが、今回取材したVWほど、機動力に富んだものは未だかつて見たことがない。

雪上のVW


ハーフトラック・フォックスは、“おそらく最もオフロード性能に長けたブッリ(Bulli:ドイツ国内で用いられたVWタイプ2のニックネーム)”と評されている。メカニックたちの愛の結晶とも呼べる大規模なレストアを終えたばかりで、現在はVWコマーシャル・ヴィークルズ社のハノーファー・ヘリテージ・コレクションに保管されている。

ハーフトラック・フォックスを止められるものはない。

“多用途性”は、VWがビートル(タイプ1)をベースとして開発したタイプ2を発売する際に用いた売り文句であった。ちなみにタイプ 2誕生は、オランダのVWインポーター、ベン・ポン・シニアの功績によるものだった。彼は、タイプ1の輸入を検討するにあたり工場を見学した際、ビートルのハードウェアを流用した工場専用の部品運搬車両(プランテンワーゲン)を見かけ、商品化をVW側に促したといわれている。

タイプ2(ブッリ)の当初のスケッチは、画期的なキャブフォワードのスタイルとフラット4エンジンをリアに搭載し、スライド式ドアを採用したものだった。荷物や人を運んだり、キャンピングカーとして使用したりすることもできた。しかし、この車両には雪山での登坂能力に欠けていた。そこに着目したのがウィーンの発明家で、エンジニアで、スキーヤーでもあった、クルト・クレッツナーだった。

クレッツナーが抱えていた悩みは当時、オーストリアで販売されているオフロード・バンが非常に少ないことだった。ハーフトラック・フォックスが販売される際、彼はセールス資料の中で「色々とオフロード車両を探してはみたものの、私が納得できるものは見つからなかった。だから自分で造ることにした」と記していた。

当時、悪路走破性を有したマシン自体は存在したが、操作は複雑で、決してユーザー・フレンドリーではなかった。そこにチャンスを見出したクレッツナーは普通のバンのように運転しやすく、機動力に富んだ工夫を凝らした。

山小屋の管理人、猟師、林業家、医師、スキー場、テレビ塔/ラジオ塔/パイプラインなどのメンテナンス技術者など“すべての人のために役立つ車”というのが、クレッツナーが思い描いた理想の姿だった。そして、ベース車両としてブッリほどの適任はほかになかった。

当該ブッリは1962年にハノーファー工場で製造され、ウィーンのオーナーに納車された標準的なタイプ2であった。最初の数カ月は普通のバンとして使用された後、クレッツナーが“魔改造”に着手した。

現在の姿になったのは、実に4年もの月日が経過してからのことだった。“後輪”は取り払われ、そこにはクローラーを備えたチェーン駆動のダブルアクスルが組み込まれた。クローラーは13インチの内輪によって駆動されるが、これはクレッツナーが設計・開発・製造したものである。アルミ製リンクに装着されているクローラーは2cmのゴムに覆われており、アスファルトを傷つけないのでオンロードも走行できる。

雪道でのトラクションはクローラーがガッチリ掴む。

クレッツナーはブルドーザーのような全輪クローラーの採用は、機動力を得る代わりに運転が難しくなるため見送った。フォックスでは前輪の2輪は“ノーマル”のままにすることで、普通のバンを運転する感覚を残すことにこだわった。もっとも、リアの増加したトラクションに対応するため、2個目のステアリングアクスルを装備し、14インチホイールにオールテレーンタイヤを組み合わせている。これにより最小回転半径は5mと小回りが抜群に効く。もちろん、すべてのアクスルにブレーキを装着している。

ボディ横にはフロントからリアにかけてフェンダーが装着されているので、ブッリからは大きく印象が変わっている。2軸のフロントアクスル、2軸のリアアクスルをボディ下に収めるために、室内のカーゴスペースが若干犠牲になっているが、それでもベンチシートは備えられている。

森の中こそ最高の居場所。

リアアクスルの変更によりギア比は標準のタイプ 2よりも大幅に低くなったが、最大の変更点は、オフロード性能を最大限に引き出すために不可欠なLSDの追加だった。“足回り”に大幅な手を加えながらも、ハーフトラック・フォックスはタイプ2の最高出力34馬力空冷 1.2リッター、フラット4をそのまま使用している。

ハーフトラックの公道での法定速度は35km/h。

非力な響きがあろうかとは思うが、フォックスの法定最高速度が35km/hであることを考えれば、これで不足はないのだ。気になる運転フィーリングについては、VWコマーシャル・ヴィークルズのプロダクト・マネージャーで、ブッリの熱狂的なファンでもあるクリスチャン・シュリューターの言葉に耳を傾けてみたい。

「チェーンドライブと馴染みのボクサーエンジンの音が組み合わさって、面白い音を奏でます。低速ではクローラーのラバーブロックの存在が強く感じられ、公道での最高速度である35km/hには、よほど度胸がないと到達できません。1速は非常にローギアードなので、日常的な運転では2速発進でしょうね。それ以外は車内のすべてがVWバスのように感じられ、同じように操作することができます。フォックスの真価を発揮するのはオフロードと雪上で、一般道よりも素早く走ることができます。クローラーは地面をしっかり掴みますし、フロントタイヤには金属製スパイクを装着することができます」

ハーフトラック・フォックスは、VWタイプ2にステロイドをドーピングさせたような外観になっている。そして、そのルックスは期待を裏切らず本物のオフロード性能と、タイプ2の運転しやすさを両立させている。クレッツナーによる偉業であり、大成功を収める予感がしていた。クレッツナーが作ったパンフレットには「まったく新しい、理想的な運転しやすいハーフトラック・フォックスは、どんな厳しい地形でも安全かつ快適に走破することができます。雪、砂、砂利道、山の草原、小川、森など、すべてこの車で走り抜けることができるのです」と謳っていた。

2台だけの生産、現存は1台


にもかかわらず、クレッツナーは1968年に他のプロジェクトを手掛けるまで、わずか2台のハーフトラック・フォックスを製作したに過ぎず、この1台が唯一の生き残りであると考えられている。クレッツナーの愛車として、1980年代半ばまでウィーンの街角でよく見かけられたそうだ。地元ではちょっとした伝説になっており、1980年代後半にグミュントのポルシェ自動車博物館が購入。その後、1990年代前半にフランクフルトの VWバス・コレクターが所有し、94年にドイツのType2クラブ「ブッリカルタイe.V」が管理することになった。

1990年代末にはまだ走行可能であったものの、ハーフトラック・フォックスは抹消登録され、ブッリカルタイが2005年からレストア作業を開始。まずは車両の分解から手掛けたものの、メンバーのほとんどがドイツ国内に散らばっているため、レストア作業はなかなか進展しなかった。そして、2018年にハノーファーにあるVWコマーシャル・ヴィークルズのクラシックカー部門が譲り受けた際も、ハーフトラック・フォックスはバラバラの状態であった。ハーフトラック・フォックスにかつての輝きを取り戻す作業は急ピッチで進んだ。

「譲り受けた状態からさらに分解を進めると、ボディは手を入れる必要がありました。レストア作業は図面や写真をもとに実施しました」とクリスチャン・シュリューターと振り返った。レストアチームは、ハーフトラック・フォックスを再び走らせるためにクラシックカー部門のモットー「Erinnern(記憶する)、Erleben(体験する)、Erhalten(保存する)」に基づき、情熱を注いだ。

VWのハノーファー工場でおこなれるすべてのレストア作業同様、ボディの塗装は剥離され、必要な板金加工が施された後、“カチオン電着塗装”された。下地を完璧にし、防錆対策が施されたことを意味する。そして、1966年当時と同じように、クレッツナーが選んだオレンジ色のペイントでボディを仕上げた。クローラーはクレッツナーによるオリジナルであったため、レストアには困難を極めた反面、それ以外はタイプ2の部品さえ調達すれば済んだ。

レストアはハノーファーにあるVWコマーシャル・ヴィークルズのヘリテージ部門でおこなわれた。

フルレストアにあたっては、オリジナリティが重要視されたが1966年当時のインテリアの詳細や写真、図面すらほとんど存在しなかった。そこでレストアチームは、ハーフトラック・フォックスにブナやマツを使ったまったく新しいユニークなリアキャビンを製作した。見栄えが良いだけでなく、実用性も考慮した上で工具やスキー用具を収納できるように仕上げた。

ハーフトラック・フォックスのリアキャビン内の様子を示す記録はない。そこで VWコマーシャル・ヴィークルズのレストアチームは、木製ベンチや収納を新たに製作した。

コクピットはブッリのまま。

25年以上不動だったハーフトラック・フォックスだが、2022年初頭のスキーシーズンにようやく雪道を走ることができた。ハーフトラック・フォックスはVWコマーシャル・ヴィークルズのヘリテージコレクションに収められ、ハノーファーで開催される3日間の祭典、VWバス・フェスティバルに登場する予定だ。10万人が訪れる、このイベントに興味がある方はvw-bus-festival-2023.deをご覧いただきたい。


1962年式フォルクスワーゲン・タイプ2ハーフトラック・フォックス
エンジン:1192cc、空冷 OHV水平対向 4気筒、ソレックス製 PICT-2キャブレター
最高出力:30bhp/ 3400rpm
最大トルク:56lb.ft/ 2400rpm
トランスミッション:4段 MT、後輪駆動、LSD
ステアリング:ウォーム&ローラー
サスペンション(前):トレーリングアーム、横置きトーションバー、テレクスコピックダンパー
サスペンション(後):スイングアクスル、トレーリングアーム、トーションバー、テレスコピックダンパー
ブレーキ:ドラム
車両重量:1500㎏(推定)
最高速度:22mph(約 35km/h)


編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom)
Words:Matthew Hayward Photography:VWCV Classic Vehicles

古賀貴司(自動車王国)

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