追悼:フェラーリ・ヒストリーの生き証人、マウロ・フォルギエリ

今年の6月にはフィオラーノで元気な姿を見せてくれた。モンテゼーモロとのショット(Ferrari S.p.A., Shinichi Ekko)

レーシング・ヒストリーにおける偉人でありフェラーリ・ヒストリーの生き証人を失ってしまった。フェラーリ最高のエンジニアと称されたマウロ・フォルギエリが去る11月2日この世を去った。享年87であった。彼の偉業は改めて述べることもないだろうが、エンツォ・フェラーリの絶大な信頼のもと、フェラーリのチーフエンジニア、テクニカル・ディレクターを長く務めた稀代の人物だ。

彼はつい数カ月前までモデナを中心とするヒストリックカーイベント等に積極的に参加し、元気な姿を魅せてくれていたから、この悲報には驚くばかりであった。去る6月にフィオラーノ・サーキット50周年を記念するプライベートなトークイベントでは彼との確執が語られたルカ・ディ・モンテゼーモロと共に壇上に上り、観衆から大喝采を浴びていた。そんな彼の元気な姿が筆者にとっては見納めとなってしまった。

現在のフェラーリについて司会者から意見を求められたフォルギエリはこう語った。「私が過ごした時代のフェラーリと今のフェラーリは大きく違ってしまった。一言で言えば情熱が足りないのだ。エンジニアやメカニックはドライバーの考えている走りが出来るように万全を尽くさねばならない。それは終ることのない戦いで、情熱からしか生まれて来ないものなのだ」、と。

フォルギエリは1960年に大学を卒業しフェラーリに入社し、カルロ・キティの元で働くこととなった。しかし、”宮廷の反乱”によりキティをはじめとして主要なエンジニアがまもなく社を去ることになり、フォルギエリは20代にしてフェラーリのチーフエンジニアとなった。エンツォ・フェラーリは、そんな若き青年を徹底的にサポートしたという。

1967年、3台のフェラーリ(330 P4、412 P)がデイトナ24時間レースで初の1-2-3フィニッシュを成し遂げた。

その彼の残した偉業は枚挙に暇がない。最初期に手がけた158F1の成功、ル・マンにおけるフォードとの熱い戦いを魅せてくれたスポーツプロトタイプ330P4、そして横置きトランスミッションを採用した312T。時にエンツォとぶつかりながらもスクーデリアを彼は絶妙にコントロールしていった。レースカーのみならずロードカーに関しても名車250GTOなどの開発にも関わった。

ニキ・ラウダと312T

フォルギエリも手がけた250GTO。

しかし1985年にはF1を離れ、フェラーリエンジニアリングにてAWDシステムなどの開発に注力。1987年にはそしてランボルギーニエンジニアリングへ移籍しランボルギーニのF1プロジェクトに参画した後、開発会社オーラルエンジニアリングを立上げ、ブガティ(カンポガリアーノ)の開発にも携わった。

近年はモータースポーツ、特にフェラーリF1へのご意見番としてメディアへも忖度無い提言を投げかけていた。そう、フェラーリ創立70周年大イベントの時には祝賀に対する考え方への不満から会期中に一人席を立ってしまったという一幕もあった。なんと言ってもフォルギエリのニックネームは”激高する男”であるのだから…。

しかし、彼の素顔はとても繊細でインテリジェントであるのも事実だ。筆者はフォルギエリの自宅に招かれ、長時間インタビューを行ったのだが、彼の細やかな心遣いには恐縮するばかりであった。こちらが大喜びするようなエピソードも交えて、時間を忘れて語ってくれた。

例えばこんな感じだ。「まさに、あなたの座っているその椅子にディアボーン(フォード)からやって来た、そうあの会社の幹部の中でも最も大物が座っていたのですよ。そして彼は”報酬はフェラーリの5倍、住まいは2軒用意しましょう。お子さんへも最高の教育を用意しますよ”と言うのです。つまり私にフォードの社員になれということです。もちろんそれは断りましたけどね」

彼はそんな”フォードVSフェラーリ”の一場面ともなりそうな様子をおもしろおかしく語ってくれたりもした。

モデナ郊外の自宅で筆者のインタビューを受けるフォルギエリ(2018年)

辛口をモットーとする彼のこと、フェラーリとフォルギエリの関係は微妙でもある。フォルギエリは”ある時期、公式資料から私の写真は全て削除された”とも語っている。彼の死去に当たっても、葬儀にピエロ・フェラーリが列席したという話は漏れ伝わってくるが、フェラーリからはオフィシャルなコメントは何も発信されていないようだ。

しかし革新的なアイデアを数えきれぬ程生み出し、スクーデリアへ勝利をもたらした彼の偉業は歴史に残ることは間違いない。返す返すも再びお話を聞くことが叶わなくなったことが残念だ。彼のご冥福を心からお祈りしたい。


文:越湖信一 写真:Ferrari S.p.A. 、越湖信一
Words: Shinichi EKKO Photography: Ferrari S.p.A., Shinichi Ekko

文:越湖信一

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