プジョー・スポールのディレクターに聞く、ハイパーカー「9X8」の開発プロセス

Peugeot Sport / Stellantis

元205GTiのシャシー・エンジニアだった
プジョー・スポールのディレクターは
9X8が市販車と同じ手法で開発となぜ言い切るか?


終わってみれば前評判通り、トヨタGR010ハイブリッド2台が総合優勝と2位を独占したWEC第5戦富士6時間。ル・マン24時間でも5連覇中のトヨタ・ガズー・レーシングの強さは確かに際立っているが、今回大きな注目を集めたのは前戦モンツァでデビューしたばかり、ウイングレスカーとして異彩を放つプジョー9X8だった。レース直後にステランティス・グループのモータースポーツ・ディレクター、ジャン・マルク・フィノー氏に話を聞くことができた。

ジャン・マルク・フィノー氏
 
実戦投入されて2戦目、#94号車がオイル漏れとおぼしき白煙を上げるトラブルに見舞われ、続いて#93も同じトラブルでピットインを余儀なくされた。彼は今回のレースをどう見ているのだろう?

「前回のモンツァ以来、2回のテストと、もちろん研究施設での作業も重ねました。シミュレーターは無論、FIAの定めるルールで承認される範囲内で、信頼性で問題のあったパーツを再設計したりしました。だから今回の富士で我々の車は、信頼性をかなり高めはしたももの、これまでの実験やテストでは確認されなかったオイル漏れが2台とも出たことは当然バッド・サプライズ。まだ走り込めば、新しい問題は起きるでしょう。モンツァまでに1万5000kmほど走り込み、今回の富士までに2万~2万5000kmぐらいまでマイレージを増やしていたけど、2台ともまたル・マン1回分(約5000km強)は走らせないといけませんね。まだライバルたちに比べて経験が足りない。その意味では、今回の富士での進化のステップの大きさ、パフォーマンスにはそこそこ満足しています」

ここ富士では、9X8の挙動やセッティングという点で、どのような課題があったのだろう?

「ふたつのアスペクトがあります。まず富士スピードウェイというサーキット自体、我々にとっては初めての経験で、長いストレートとセクター3のようなテクニカルな部分もある、とても複雑なサーキットです。だからセッティングを出すのに我々は走り込む量が必要でした。それに引きかえライバルたち…アルピーヌはもちろんコースを知っているし、トヨタにはホーム。そこの差は受け止めるしかありません。もうひとつの要素はBOPで、モンツァで適用されたBOPとはいえコースはかなり違うから、徐々にセッティングを適応させていくこと、つなり初めてのコースで前回のままのBOPで、手探りでマシンを試していく状態でした。この差を埋めるために多くの作業を要したことは確かです」



確かに、プジョーが908HDi FAPを擁してディーゼル全盛期の耐久レース・プログラムを停止したのは2011年。富士がWECシリーズに加わったのは2012年のことで、意外にもプジョー・スポーツにとって近年の富士スピードウェイは、初のレースだったことになる。

ところでフィノー氏は元々、205GTiのシャシー・エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、市販車の開発畑を歩んだ後にコンペティションの責任者となった。そして9X8は構想の段階からエンジニアは無論、デザイナーたちも深く関与して、市販車と同じ手法で開発されている点が強調されている。最新鋭のレーシングカーと市販車それぞれの開発プロセスが同じというのは、ある程度、マーケティング上のリップサービスではないのだろうか?

「確かに私は205GTiの開発に始まって、それ以降のプジョーの市販車シャシーの開発に携わってきました。技術的観点から見れば、9X8のシャシーも基本的に市販車と一緒であるというのは、物理的にそうだからです。スプリングやアンチロールバー、ショックアブソーバーを調整するという意味では、レーシングカーも市販車もまったく同じ物理的要素を扱っていくもの。9X8はもちろんハイブリッドで4WDですが、モータースポーツ目的でも市販車目的でも、カギとなるノウハウは変わらないのです。無論、同じ志向、同じ基準ではないとはいえ、同じ考え方、同じ道具や工具を用いるわけですから、ドライブする人が誰で、どう向けていくか?という違いはありこそすれ、共通するところは多々あります」

今日の市販車はかなりの部分、シミュレーターを用いて開発され、プジョー・スポールでも9X8の開発に積極的に用いられている。ではシミュレーターを使うおかげで早められるもの、逆に現実と乖離しやすいものとは何だろう?

「シミュレーターを用いることで、ある程度は初期段階から完成度の高い車、そしてセッティングを出せることは確か。逆にシミュレーターが原因で現実の開発や走行を難しくする、ということはないです。ただしシミュレーターがすべてを再現し切れているかといえばそうではない。だからコースを走り込んでセッティングを出すことは別のことです。ちなみに富士から我々がサトリー(プジョー・スポールの本拠地)に戻る際には、ここで計測されたデータをシミュレーターに反映させるので、再現精度は現実により近づきます。それを可能にしているのが、キャップ・ジェミニと我々のパートナーシップです」

キャップジェミニとは、パリ証券取引所でCAC40を構成する上場企業のひとつで、データ解析を基軸とする欧州最大のコンサルティングファームだ。

「キャップジェミニ初のユースケースとして、我々がテスト走行やレースで得たデータはAI解析にかけられ、ディープラーニングを通じてシミュレーターのキャリブレーションに最適化し、データ精度を上げてフィードバックしています。もうひとつ9X8で我々が進めたのは、レースレギュレーションに合わせた中で、妥協のないパフォーマンスを実現しつつデザイナーに大きな自由度を与えるという、テクニカル上とデザイン上、双方で密に相互関係性をもたせることでした。テクニカル要件を果たしつつ車のシルエットでファンな要素を表現することは意識していました。しかもそこには、プジョーの新しいデザインコードも予見されているんです。今後発表されるであろうプジョーの市販モデルに、その反映を見てもらえると思いますよ亅

これまではモータショーで数年に一度、新世代のラインナップに用いられるデザイン・ランゲージを宿したコンセプト・スタディが発表されていたが、そうした役割をも9X8というハイパーカーが担っている、というのだ。

「無論、市販車と9X8の間で共通するパーツはありませんが、用いられるノウハウや手段はまったく同じ。例えば数年間、市販車のエンジニアがコンペティションの側で働くと、レーシングカー特有のアジリティや、その競技特有のレギュレーションや様々な縛りを理解し、そこで何らかのソリューションをつくり出すことを体得します。このノウハウがやがて次に市販車の開発へと反映されていくのです」

具体的なところでは、日本市場未導入だが508プジョー・スポール・エンジニアードに活かされているという。

「ハイブリッドの4WDという駆動方式は共通するところで、操作系統のアーキテクチャは9X8から派生したところがあります。またエネルギー消費やエンジン・マネージメントについては耐久レース用を用意するにあたって、すでに508PSEで用いていたアルゴリズムをベースにしているんですよ。なぜならいずれも同じエンジニアたちの手によるものですから」

ウイングレスカーという、空力面や目に見える外観以上に、9X8の開発プロセスには新たなテクノロジーが実装され、これまでの常識や通念とは異なる要素がその開発速度を速めているようだ。実際、WEC第5戦富士6時間では、プジョー9X8の#93号車は、1-2フィニッシュしたトヨタ勢の232ラップに遅れること7ラップ差、225ラップでゴールした。28ラップ差のあったモンツァに比べて差が縮まったから、大きな進歩だっただけではない。先ほど述べた、エンジンのオイル漏れに対策のため約10分間のピット作業を強いられたが、これは約7ラップ弱のロスに相当する。つまり信頼性だけでなく、レースペースにおいても大きな進化を遂げていたのだ。



ではフィノー氏にとって、今回の富士で9X8は、目標とするパフォーマンスの何%ほどに達していたのだろう?

「我々は2年半前、まったくの白紙からスタートしたばかりで今年は習熟の年と捉えています。新しく雇い入れたエンジニアもいれば、908HDiを経験したエンジニアもいますし、ステランティス・グループ内で他のモータースポーツ計画をを経験してきたエンジニアもいます。LMP2出身のエンジニアも。ドライバー含め、一人ひとりのコンピタンスをひとつに結集すること、ひとつのチームとして経験を積むことが当面の目標なのです。モンツァ以来、まだ2戦しか実戦を経験していないチームとして、進化のステップは小さくなかったと思いますが、ライバルのチームはすでに6年も7年も経験を積んでいる。経験の差をどう埋めていくかに焦点を当てています。だから今年中に表彰台に上がるとか1勝することが目標ではなく、チームとして習熟度、成熟度を上げ、車を仕上げていくこと。可能な限り上位リザルトはもちろん狙いますが、2023年に向かって経験を重ねていくことが最優先事項です」
 
するとやはり、中長期の目標は来年のル・マン24時間に向いているのだろうか?

「ル・マンだけでなく、2023年シーズンすべてですね。もちろん来年は沢山のニューカマーがいるので簡単なことではありませんが(笑)」
 
今のところ、トップチームであるトヨタGRとの差をどう考えているのだろう?

「ルールによる調整、BoPによる調整が課されることが前提とはいえ、同じハイブリッドの4WDでも前後重量配分やタイヤサイズが異なるから、それらを踏まえたセッティングで差をつけられていますね。例えば富士ではセクター3、非常にテクニカルでフロントの(電気モーターによる)駆動力が使えず、登りが続くセクションですが、我々にはより幅の狭いリアタイヤを履いていることが、ハンデとしてのしかかった。セクター3でバックマーカーのGTクラスに引っかかると、我々の車は抜いて前に出ることが難しく、無理に抜こうとすればオーバーステア気味になってしまうことがあった。コースの特徴をよく知るトヨタとの差が、露わになったところでしたね」

プジョーは前後とも13インチ幅だが、トヨタ勢そして2022年以降にFIAの型式認証を得るハイパーカーは、すべて前/後に12.5/14インチ幅となり、タイヤ幅の違いはそのままハイブリッドのアクティヴェーション速度設定の違いに結びつく。元々の接地キャパシティと駆動力の運用はなるほど、新たなワークスチームが増える来シーズン以降も、BoPの設定を含めた技術的トピックとして注目を集めそうだ。それはとりもなさず、プジョー9X8がまだまだ速くなる余地をたっぷり残している証左でもある。


文:南陽一浩 Words: Kazuhiro NANYO

文:南陽一浩

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