もはやフルオリジナルか否かは相場に関係ない、ブガッティタイプ57Sアトランテ

RM Sotherby's

来る9月2日から11日にかけてスイスの高級リゾート地、サンモリッツにて「インターナショナル・サンモリッツ・オートモービル・ウィーク」が開催される。クラシックカーでのスプリントレース、ラリーなどの開催されるほか、コンクールデレガンスのようなガーデンパーティも開かれる優雅なもの。そして、そんなクラシックカー・イベントに付きものなのが、クラシックカー・オークションである。

RMサザビーズオフィシャル動画。

9月9日にRMサザビーズがグランド ホテル デ バン ケンピンスキ-で開催するオークションの出品リストを眺めていたら、気になる車が出品されていた。1936年式ブガッティ・タイプ57Sアトランテ、予想落札価格は1000万~1200万スイスフランと記されている。日本円に換算すると約14億円~17億円という高額物件だ。



タイプ57“シリーズ”はブガッティ史上、最も売れたモデルで1934年から1940年にかけて合計710台が生産された、と言われている。そんなタイプ57“シリーズ”ではあるが、今回のオークションに出品されているタイプ57Sアトランテは・・・、たったの17台しか生産されなかった。なお、ブガッティ社が手掛けたボディ・バリエーションは2ドア4座の「ヴァントー」(Ventoux)、4ドア4座の「ギャリビエ」(Galibier)、2ドアカブリオレの「ステルヴィオ」(Stelvio)、2ドアクーペの「アトランテ」(Atalante)の4つだった。

出品車両はシャシー番号57384で、タイプ57シリーズの“384番目”と解釈できようが、実際はアトランテとしての第一号車である。タイプ57Sの「S」は「surbaissé」(フランス語で車高が下げられた、という意味)を指し、後にコンプレッサーを搭載したタイプ57SC(Cはフランス語でCompresseur:コンプレッサー=スーパーチャージャーの意味)が2台だけ生産されている。ただ、タイプ57Sのほぼ全てが後にブガッティの工場や外部のショップにてコンプレッサーを装着しているそうだ。かくいうシャシー番号57384も、コンプレッサー付きに“改造”されている。

シャシー番号57384は1936年8月に、最初のオーナー、ガストン・デコラに納車された。その半年後、ガストンの夫人、クレアが同車で「第9回パリ・ヴィシー・サン=ラファエル国際女性ラリー」に参戦。タイムトライアルでは4位にランクインするも、途中リタイヤしてしまった。当時、唯一の国際女性ラリーで、この模様は「ラ・フィガロ」誌に取り上げられている。第二次世界大戦が勃発した際は、ガストンの叔父が所有する薪を収めた納屋に隠された、という逸話も残っている。

やがてフランスからアメリカに渡り、1954年「Road&Track」誌8月号に掲載されたこともある。その後、ヨーロッパに戻ってきたシャシー番号57384は、レーシングドライバー、マイク・スパーケン(本名:ミシェル・ポベレジスキー)が購入したときは、コンディションは悪くないもののフルレストアを要する状態でイギリスの工場に入庫していた。ボディ塗装は剥離された状態で、エンジンはバラされ、ダッシュボードには一部、焦げた跡があった、という。

スパーケンはフルレストアするに際し、4ドア4座のタイプ57「ギャリビエ」(シャシー番号57421)を“ドナー・カー”として購入していた。しかもこの車、かつてオートドロム・ドゥ・リナ=モンレリにてコースレコードを樹立した車両だったというから、なんとも贅沢な話である。

実はブガッティの創業者、エットーレ・ブガッティは相当な頑固者であったという。タイプ57はエットーレの長男、ジャン・ブガッティが設計・デザインを手掛けた。本当はフロントに独立懸架式サスペンションを採用したかったのだが、父親が反対し固定軸式となっている。また、ブレーキも油圧式を採用したかったのだが、油圧式の採用は1938年まで見送られていた。

幸いにも(?)ドナー・カーは1938年式以降のものだったので、油圧式ブレーキが付いたフロントアクスル、スターター、ダイナモを移植。また、ドナー・カーはタイプ58Cのエンジンを搭載していたので、ブロック(アッパーケースはオリジナル)やスーパーチャーチャージャーも移植された。



エクステリアはボディパネルに埋め込み式だったヘッドライトから、“ステー”金具装着型へと変更されている。ちなみにシャシー番号57384、現存するタイプ57Sアトランテで唯一、スライディングルーフが機能しているそうだ。現オーナー、モナコにて約30年間所有しており、機械部品のレストアもされている。2003年のペブルビーチ・コンクール・デレガンスで「デザイン賞」を受賞したほか、翌年のルイヴィトン・クラシックでも表彰された。また、フェスティバル・ブガッティの常連で2009年、2014年、2016年と参加。





この手の車は一般的に“フルオリジナル”であることが重視されがちだ。しかしタイプ57Sアトランテともなると歴史的価値からか、ブガッティの部品を流用しているからか、はたまた履歴がハッキリしているからか、もはやオリジナルであることは価値に影響を及ぼさないようだ。そして、クラシックカーは“アート作品”で数に限りがある、と世界中の富裕層が捉える限り、この上昇相場に歯止めがかかることはないだろう。



文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)

古賀貴司(自動車王国)

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