なんとランチア・ストラトス・ゼロの「走行音」が聞ける!|耳で楽しむクラシックカーの展示

Evan Klein

ビルバオのグッゲンハイム美術館で開催の企画展は、目だけでなく、耳でも楽しめる。ピンクフロイドのニック・メイスンが、展示に合わせた音響効果の監督を務めた。



私たちは、カリフォルニア州モハベ砂漠の外縁にいる。早朝、太陽が昇り始めたばかりで、まだ肌寒い。18輪のトレーラーから積み荷が出てきた。まず、コレクターのフィリップ・サロフィムが所有するランチアのコンセプトカー、ストラトス・ゼロ。続いて、ポール・グリーンスタインの1941年タトラT87、そして、現在ブルース・メイヤーが所有する1950年ピアソン・ブラザーズ・クーペだ。ここに運ばれてきたのは、その音を―後世に残すというほど大仰なものではないが―記録するためである。ピンクフロイドのドラマーで、熱心なコレクターでもあるニック・メイスンの指揮の元、録音したものを、ビルバオのグッゲンハイム美術館で開催するノーマン・フォスター卿の企画展「モーション」で、BGMとして流すのだ。

ニックのサウンドデザイナーであるブライアン・ワトキンスが、カリフォルニアシティ空港の誘導路にマイクを設置している。天気予報によれば、今日は風が強くなる。どれほど強くなるかは分からないが、強まっているのは確かだ。

基本は、各車が5回、直線を往復して、通常の加速、激しい加速、シフトアップ、シフトダウンを録音する。時折、雄鶏の鳴き声や飛行機の音で、中断を強いられることもあるが。最初に走行するストラトスには、クリス・カラムが乗る。風が吹きつけ、まだ寒い。ランチアはその1600ccのエンジンとソレックス製キャブレターで、メガホン型のエグゾーストからの鼻息も荒く、噛みつくように空気を切り裂く。ブライアンは、トラックを移動させて録音機器の風よけにした。風というのは不思議なもので、マイクから音を遠ざけてしまうようなのだ。マイクを固定する砂袋も増やす必要が出てきた。



次は、ピアソン・ブラザーズ・クーペだ。今日はブルースのコレクションで働くトム・ケニーがドライバーを務める。特別なチューンとブループリンティングを施した296cu-inのフラットヘッドエンジンによって、当時も140mphを超えた。こうした車は前進を念頭に置いた設計で、後退はほとんど考慮されていない。マイクの近くに車を配置するには、別の者が誘導する必要がある。最初のマイク一式でクーペのスタートとその後の加速を捉えたら、次のマイクに移り、車が近づいて来て高速で走り去る音を捉える。ああ、また雄鶏の鳴き声が入った。



クーペも、ストラトスに負けず劣らずドラマチックだ。砂漠の太陽を浴び、赤・白・青のペイントが輝く。走行を重ねるうちに、オーバーヒートし始めた。クラッチも滑り、ブレーキがフェードしてきている。このホットロッドは、速く走るようにできている。凄まじい速さだが、何度も走るようにはできていないのである。風はさらに強まって、私たちを脅かし始めた。砂漠から大きな砂煙を巻き上げ、マイクを倒し、ガラスやペイントに砂をたたきつける。私たちはトラックの後ろに逃げ込んで、ひと息ついた。

次は、空冷式V8を搭載するタトラの番だ。車内には、オーナーのポールに、妻のディディア、テリアのアーチーと、友人が二人乗る。ブライアンが録音についてポールに説明し、車が位置に着いたら、録音をスタート。タトラがストレートを突き進む。ポールは戻ってくると、「もう一度やろう!」と叫び、全員を乗せて再び発進した。これを何度も繰り返す。そのとき突然、恐ろしい強風が吹きつけ、走行を終えようとしていたタトラの姿が見えなくなった。見えるのは、茶色の巨大な砂煙だけだ。



やがてタトラは姿を現したが、ひどくゆっくり走っている。キャブレターが砂塵を大量に吸い込み、フロントウィンドウとノーズは砂で傷付いた。ブライアンは、ここまでの録音で足りると言い、撤収が決まった。これ以上、車に無理をさせないほうがいい。再び18輪トレーラーに3台を積み込み、この日の仕事が終わった。その結果は美術館で聞くことができる。



翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA
Words and photography: Evan Klein

オクタン日本版編集部

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